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欧州議会選からフランス総選挙にかけての仏政局

はじめに

本稿はフランス下院選(総選挙)の開票結果が出る前に、公表した論考です。6月初めに実施された欧州議会選の開票結果を踏まえて、7月初めの下院選決選投票、さらには2027年の次期大統領選までの同国の政局を見通しています。
現実の下院選結果は広く予想されていたものとは異なりましたが、世にごまんとある表層的な論評とは異なって、フランス政治を含む欧州政治の左右両極への分解の指摘と、1930年代の状況との対比という本稿の分析の基本線は依然として有効であり、遠からず訪れる次の国民議会解散や、すでに二期務めているマクロン氏が出馬しない27年大統領選に向けた分析として、読むに足る生命力を持ち続けるものと今も考えています
なお冒頭の画像の二人は左がイタリアのメローニ現首相、右がル=ペン仏RN党首です。撮影はメローニ氏が政権に就く1年前の、小政党の党首だった時分のもので、今ほど洗練されていないかもしれませんが、その分、打ち解けていますね(この時点では、大統領選挙で二度にわたり決選投票を争ったキャリアをもつル=ペン氏の方が貫禄があるのは仕方のないことでしょう)。


1. ル=ペン家

1.1 ジャン=マリー・ル=ペン

フランスの極右は、実はル=ペン家の世襲の家業であり(三代目も入社済)、マリーヌ党首の父であるジャン=マリー氏が創設した国民戦線が、きたる国民議会(大革命以来の国会)選挙で躍進が確実視されている、今日の国民連合(RN)の原型です
ジャン=マリーは最年少で国民議会議員になった当初から、アルジェリアの独立に反対し、その後1972年に国民戦線を創設した当初から移民排斥やEC(当時)からの離脱を掲げていたといいますから、筋金入りです。
最初は泡沫候補で大統領選挙に出馬するも、冷戦の終了後に着実に得票率を上げてゆき、2002年の大統領選ではシラク氏に大差で敗れるもののついに決選投票にまで進出します。続く2007年の大統領選では4位にとどまり、80歳近い高齢でもあったことから次の党大会で娘のマリーヌに党首を譲って引退しました。
その後、ユダヤ人に対する差別ともとれる発言から実の娘との確執が深まり、支持基盤を広げたかった娘によって、みずから創設した党を除名されて、完全にマリーヌの代になるのです。

1.2 マリーヌ・ル=ペン

徒手空拳から始めた父と異なって、当初から政党としての基盤があったマリーヌは、大統領選で回を重ねるごとに順位と得票率を上げてゆき、直近の2度の大統領選でいずれもマクロン氏と決選投票を争いましたし、前回の2022年には敗れはしたものの、得票率でマクロン58.54%に対し41.46%と大善戦して、これが今回の欧州議会選ときたる国民議会選(6/30投票)の伏線となっています

2. 欧州議会選挙(6/6-9)の結果

2.1 全体状況

さて、全体状況としては図表1のとおりとなりました。会派の色分けは加盟各国のそれぞれのイデオロギーの政党をグルーピングしたもので、元の各国の政党との対応関係はなかなか複雑です。
下図で赤のS&Dから黄色のRenewまでの左派に、茶色の急進左派(極左の手前の議会内勢力)、緑の環境政党、さらに水色の中道右派EPPを合わせれば、優に過半数を保っていますから、大局としては変動は少ないのですが ※1)、赤の中道左派、黄色の中道、緑の環境政党、茶色の急進左派がいずれも議席を減らしており、それを食う形で他会派が伸びていることは、今日の状況を示しています
くわえて、灰色の「無所属等」が伸びていることは奇異に感じますが、これには理由があって、ドイツの極右である「ドイツのための選択肢(AfD)」はもともと紺色の極右会派に含まれていたのですが、AfDの有力議員の親ナチス発言によって投票日前にAfD自体が紺色のIDから除名されて無所属となったことによるものです。したがって、紺色の極右は対応するドイツの会派が抜けても議席を増やしているわけですから、実際には極右は図示されている以上に伸びているということになります。

※注1)   そもそも欧州議会で多数を制したところで、上位機関の欧州理事会が各国の首脳の寄り合いであることから、多数を制することにそこまでの意味はない。

図表1  欧州議会選結果
出所:  みずほリサーチ&テクノロジーズ「史上最も右寄りの欧州議会成立へ
(https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/report/research/express/2024/express-eu240612.html)

2.2 各国の状況

左派にとってより深刻なのは、独仏伊という、英国が離脱した後のEUの3大国の国別でいずれも極右政党が躍進したことです。先述の独AfDは第2党に躍進し、仏国民連合は最大会派となりました。それもマクロン与党の「共和国前進」が得票率14.6%と惨敗したのに対して、その2倍以上となる31.3%という大躍進でした。
これだけですと、フランス大統領の政権基盤が揺らいで、国政の運営が難しい舵取りとなったということにとどまっていたのですが、ここで国会の解散というマクロン氏の悪手が出ます。すかさず国民議会の解散を決め、月内に総選挙 ※2) という日程を設定してしまいます。欧州議会選の結果は、日本にたとえれば参議院選挙結果よりさらに政治的に軽いもので、直近の統一地方選挙の結果程度でしょうか。それでも立て続けに国政選挙が行われる場合には、今回の勢いを駆って極右が躍進するであろうことは、容易に予想できます。
大統領は少数の取り巻きとの間でこの決定を下したとのことで、欧州議会選はともかく、過去2回の大統領選挙と同様に、国政選挙となれば国民も警戒して国民連合の得票は伸びないであろうとの読みなのでしょう。また前回の22年の国民議会選で与党はすでに過半数を失っており、困難な政権運営が続いてきたことから、これ以上失うものはないという判断だったのでしょうが、この間に大統領選挙のたびに国民連合の得票率が上がってきていた事実を軽視したものであり、博打であるとの批判的なコメントが相次いでいます。案の定、直近の世論調査では与党連合の惨敗と、国民連合の第一党への躍進の見通しが示されていました ※3)

また極右政党の党首がすでに首相を務めるイタリアでも、メローニ党首の「イタリアの同胞」(FDI)28.8%、与党連合の「フォルツァ・イタリア」(FI)9.6%、同じく「同盟」(Lega)が9.0%と躍進しています。
その一方で中道左派の「民主党」(PD)が善戦して24.1%と、「同胞」に次ぐ第二党につけ、第3節に後述するように、ここでも両極化の進展が見られます。

※注2)  フランスでは第一回投票結果を踏まえて、選挙区ごとに上位得票者に絞って最終的に決選投票を行う関係から、選挙結果が確定するのは今回の場合、1週間後の7/7以降となる。
※注3)  たとえばhttps://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR14DYE0U4A610C2000000/

3. 極右と対極への分裂

3.1 現代フランスの分断

ここからが本論ですが、フランスでは社会党を主体とする左派が今回の国民議会選挙を前に ※4)早々に左派連合「新人民戦線」(NFP)を立ち上げ、結集を呼びかけています。このインパクトのあるネーミングにはラテン世界固有の含みがあり、第二次世界大戦前のスペインで、左派が総選挙前に人民戦線を結成して僅差で勝利した故事を踏まえたもので ※5)国民に対して、いやがうえにも政権選択を迫る手法です。前掲の世論調査結果でも、この手法が功を奏していることがうかがえ、マクロン大統領が形成した中道連合の与党は左右両翼から切り崩しにあって劣勢となっています

※注4)  冷戦期のフランスで社会党と並ぶ大政党であった仏共産党は今日では衰退し、泡沫政党となっている。
※注5)  しかもスペインはこの後、のちに独裁者となるフランコ将軍が決起して内戦に陥り、独伊のファシズム陣営の助力を得たフランコが3年に及ぶ内戦の果てに全権を掌握している(下記拙著『中国の危機と世界』(同文舘出版, 2022年) pp.153-155参照)。
「人民戦線」というネーミングは絶妙で、今回の国民議会選挙の後に来るべきものはファシズムだと暗示して、判断を迷っている有権者に自陣営への結集を迫っているのである。

図表2 都市部と農村部・仏版ラストベルトとの分断
出所:  https://www.reuters.com/world/europe/who-is-voting-far-right-french-election-nears-2024-06-21/ 

図表2は雄弁な図表で、データの出元は仏内務省です。先の欧州議会選で国民連合が国内のどの地域で得票しているのかを示したもので、主要都市は一様に赤色に染まっていて、従来の左派と中道派に投票していることを示しています。パリの近郊でも、中心部に近づくにつれて赤色が濃くなっています。
その一方で北部のベルギー・ドイツとの国境地帯と、マルセイユ市を除いた地中海岸にフランス版のラストベルト ※6)が存在していることはあきらかです。そして本来のアメリカのラストベルトにトランプ氏が深く浸透しているように、フランス版ラストベルトは国民連合の牙城と化しているのです。父の代の、反ユダヤ人の言説すらいとわない極右の過激な主張をマイルドにして、ポピュリズム化したマリーヌの国民連合が、そこに浸透していることが見て取れます。

※注6)「錆びた一帯」の意。その一帯が金属・機械工業の伝統的な工業地帯で、今日では衰退して白人男性を主体とするかつての工場労働者層が職を失っている状況を表している。アメリカの場合、こうした一帯はかつての民主党の牙城から、トランプ氏の岩盤支持層に転化している。

3.2 1930年代モデルふたたび

以下はさらなる理論的な一般化ですが、ドイツでは、1929年のニューヨーク株式市場崩落の結果としてアメリカからの投資が引き揚げられ、1930年代にかけて大恐慌に陥りました。このさいにやはり中道政党が没落して左右両翼が伸び、1932年に二度にわたって行われた国会選挙でナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)とその友党、今日的にいえば極右連合と、社会民主党と共産党の同じく左翼連合という二大勢力がそれぞれ議席の4割前後を占めつつ、両極分解の形で並立しながら、次第にナチスが議席を伸ばしていました
最終的に左右両翼の側からの暴力行為も、ナチス側の権謀術数も交えつつ、翌33年1月にナチスは政権に就きます。ヒトラーはただちに再度、国会を解散して総選挙に入り、初の過半数を獲得して同年7月にかけて独裁体制に移行してゆきます。この情勢を模式的に表したものが、図表3のグレーの線です。

図表3  1930年代と今日の政治状況の対比
出所:  筆者作成

一方、過去2回の大統領選挙から今日の国民議会解散前までのフランスの政治情勢は、黒の実線で表したとおりです。この間は、共産党の弱体化と極右の躍進という脅威の下で、中道左派と中道右派を大統領が結集して与党連合を構成することで安定的な政権運営を図ってきましたが、この図式はすでに与党が過半数を失った2年前から崩れてきていました。
今回、左派が内戦前の隣国スペインを念頭に「新人民戦線」を呼びかけたことから、中道連合の瓦解は加速化し、開票後にはふたたびグレーの30年代モデルに回帰することになります。もちろん、左翼連合が第一党となる番狂わせの可能性がないわけではありませんが(7/8付記、実際の結果はそのとおりになりました)、選挙戦終盤の情勢からすると第一回投票を経て、極右が得票率で第一党となる勢いを示すことでしょう。そうなれば大統領は与党単独での政権運営を断念して、新人民戦線に歩み寄り、選挙区ごとの上位2名に新人民戦線か大統領与党の中道かの片方しか残れなかった選挙区では、新人民戦線と与党との候補者の一本化調整や得票率の高かった候補への投票(新人民戦線の支持者には与党への、与党の支持者には新人民戦線の候補者への投票)を呼びかけることになり、単独過半数を狙う国民連合との激しい選挙戦となるでしょう(7/8付記、これもそのとおりになりました)。
決選投票結果と連立工作がどちらに転んでも、政府の首班は国民連合か新人民戦線から出ることになり
、国民連合首班の場合にはフランスでは二十数年ぶりとなるコアビタシオン ※7)が現実のものとなります。
中道左派と新人民戦線の連立となった場合でも、もはや大統領の意図する政策は思うように通せなくなり、コアビタシオンではないにしても、これまでのフランス第五共和制の歴史にはなかった展開となります。

※注6) 「保革共存」と訳される。日本の制度でいえば、自民党が参議院で多数を失った状態の「ねじれ国会」がもっとも近い。原語はCo-habitationで、同居・同棲の意。

むすびに代えて ―2027年大統領選挙までの展望―

1990年代までに第五共和制の下で3度あったコアビタシオンは、保守連合と左翼連合の大統領ポストと首相ポストのたすき掛けの形でしたが、今回中道のマクロン大統領と極右のバルデラ首相(国民連合党首)とのたすき掛けということになれば、これまでにない取り合わせとなります
またコアビタシオンにならずに、次の2027年大統領選挙まで新人民戦線首班の内閣が続いた場合には、中道派が大統領選で巻き返すことは困難と思われます。それ以降のフランス政界の二極は、引き続き国民連合と左翼連合が担う構図となります。
そして今回コアビタシオンとなった場合には、かつて社会党のミッテラン大統領の下での共和国連合のシラク首相の共存が、次の大統領選挙でのシラク大統領の誕生につながったように、今回もまた次回2027年の大統領選でのル=ペン大統領の誕生につながる公算が大です。

冒頭の画像の出所は、以下です。

残された課題

なお本稿に残された課題として、
① そもそも極右を今日的にどう定義するのか
② 今日の欧州の極右と1930年代のファシズムの異同、さらには
③ はたして今日の極右は最終的に対外戦争に打って出るのか
といったものがあります。
筆者は上述のすべてについて、見通しのある答を得ていますが、本稿の構成上の制約から、これらについては別稿に譲ります。

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