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備忘録 審議

会話はいたって普通でこれまでと変わりなく、
隠れてマッチングアプリをやっているようにも見えなかった。
ますますわからなくなってきながらも、彼がお風呂に入っている間にスマホを開く。
マッチングアプリを入れている割に鍵かけていない彼が謎だった。
簡単にアプリ名が分かった。

アプリ名が分かってからは早かった。
どのアイコンが何を示すか使い方を学び、ユーザー層を調べた。

「黒だね」
次の日、3人に聞いて3人にそう言われた。
どうやら真摯に受け止めるしかないようだ。

さあ、どうしよう。
わたしはいま、初めて浮気をされているらしかった。
浮気しなさそうで安心だね、
ずっと幸せに、一緒に生きていこうね、
そんな言葉を思い出しても不思議と涙は出てこない。

私にとってはこんなものなのか。
あ、子供、いなくてよかった。

2番目にそう考えて安堵した私は冷たい人間だろうか。

二人の生活は変わらず続く。
何も知らない嫁は、実は浮気をしている旦那のためにご飯を作り、食卓を囲んだ。他愛のない話をしながら床に就き、休みが合えばデートした。

並行して浮気調査も続けた。
「写真に収めて証拠を残しておいたほうがいい」
これは親友のアドバイスだ。
入浴中のスマホチェックはいつしか習慣になった。
アプリだけでなく、ネット履歴もSNSもくまなく確認した。
通勤に使っているカバンの中も、カードケースも。

知らないことは恐ろしい。
だから取りつかれるように写真に収めた。
証拠になりうる”戦利品”がザクザク出てくるたび、
心が乖離していく。

3人で生活をしているような気分だった。
幸せそうな夫婦と、彼の身辺を掘り進める私と。

相変わらず鍵をかけない彼のおかげで調査は順調に進んだ。
そういえば脇も詰めも甘いタイプの人間だもんな。

季節は冬に差し掛かろうとしていた。
彼が、去年のクリスマスにくれたマフラーを巻いて出勤する。

来る年末年始のことを考えると、胃が痛くなった。
年末は実家に帰るかもしれない。
年始は彼の実家へ挨拶に行くかも。
さて私は両親の前でうまく笑えるだろうか。
毎日幸せなんです、という雰囲気をうまくまとえるだろうか。

だからこのタイミングでごたごたするのは勘弁だった。
あと1か月で、3年前、彼が告白してくれたあの年の瀬が迫っていた。

そして私は、左耳の聴力が弱くなった。


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