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社会人一年目。憧れの東京での一人暮らしのはじまりに

「コツコツコツコツ」

あぁまただ、と思った。築40年以上の木造アパートに暮らすこと3ヶ月。上の階の住人さんの生活音が、丸聞こえなことがずっとずっと気になっていた。人の暮らす音が聞こえているということは、自分がテレビをみたりお風呂に入ったりしている音も聞こえているのかなという不安もあった。最近は晴れ間も少なくて、ずっと曇りがちで気分も何となくどんよりとした梅雨の始まりの頃のことだった。

社会人になって3ヶ月。自分の思い描いていた生活とはほど遠く、社会の何の役に立っているのかも分からないような日々が続いていた。仕事内容はやったことがないことばかりで、できないことばかり。”与えられた業務”は調べ物だったり、会議資料の準備だったりと思ったよりも地味な仕事が多かった。「こんなはずじゃなかったのに・・・」そんな毎日が続いていた。

早く帰ってスーパーへ寄りたいと願いながらも、最終的に仕事を終えて帰ることになったのは終電になったある日。最寄り駅から、深夜も明るいコンビニを足早に目指す。ジュースと、パスタ。今日はもうレジ前の唐揚げも買ってしまおう。夜食の買い物を済ませてコンビニを出ると、通りには誰一人歩いていなかった。

何となく今日1日のことを後ろ向きに振り返りつつ、上の空で部屋の前までたどり着く。入り口のポストの中身を確認するのを忘れていた。もう明日でいいや。ドアの鍵を開けて部屋の明かりをつけた時、壁まわりの部屋全体が湿気を帯びてジメっとしていたのに気が付いた。感じたことのない湿気。ああ、着なくなった服で壁をふかなきゃ。明日も朝早いんだよな。またあの会議があるのか。準備しなきゃ。早くお風呂を沸かして、コンビニのご飯食べなきゃ・・・・・・・

「はぁ・・・・・」

仕事はできない事ばっかりで、怒られてばかりの毎日だった。誰かに進め方を聞いたり、確認したり・教えてもらわないと自分では一歩も進めない現状に日々不甲斐なさを感じていた。周りには憧れの仕事をしていたり、バリバリ活躍する先輩社員の姿がいつも眩しかった。わざわざ上京してきて、期待と希望に満ちていた最初のモチベーションもなくなりつつあった。

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社会人になって1年目。地方から出てきて、初めての一人暮らし。憧れだった街・東京での暮らしを始めたのは3ヶ月くらい前のことだった。

東京へ引っ越して働くことを決めた私は、まず「暮らしたい街」を選ぶことから始めた。地方から上京する当時の私にとって、東京といえば満員電車。朝の大混雑のラッシュのイメージだった。大学生の頃から通勤ラッシュが苦手で、1限も得意なタイプではなかった。始発の駅なら、ある程度早く駅に着ければ座れたりするのかななんて思っていた。通勤ラッシュでクタクタになって、仕事が手につかないなんてことになりたくない。社会人1年目に幸先の良いスタートを切りたかった私は、”平日の朝7時から8時”に始発が1本以上発車する駅と言う視点で駅を調べていった。

それから東京都23区を手帳に書き出して、気になる土地に印をつけていった。青山・赤坂・六本木・お台場・東京タワーのある港区。銀座・築地・月島(もんじゃ)のある中央区。スカイツリーのできる墨田区。たくさんの憧れやイメージの中から、住みたい街を選んでいく。これまでドラマや映画で見ていたあの街に、自分が住めるんだと思うと喜びもひとしおだった。

最終的には予算感と街の雰囲気・職場までのアクセス・休みの日に遊びに行きたい場所までのアクセスとかから住みたい路線を絞って、不動産屋さんへと向った。「東京だから、ドラマに出てくるようなデザイナーズマンションとかが多いのかな」「芸能人の人がご近所さんになったりして」とか、そんなようなことばっかり考えていたと思う。

実際に決まったお部屋は、築40年以上の2階建て木造アパートの1階だった。予算内のお部屋でかつバストイレ別・キッチンのスペースがちゃんとある・キッチンと寝室が別・駅から徒歩10分以内という条件で探していくと、選択肢は限られていった。正直もっとキレイでオシャレで都会な街に住みたい気持ちもあった。それでも実際の内見の時に、どこか生まれ育った町に似た駅前の雰囲気に直感で”あ、私はこの街で暮らすんだ”とピンときた。

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契約更新もあって、私ははじめて借りたあの木造アパートの1階のお部屋から引越しをする。次のお部屋は生活音の気にならない、木造ではなく鉄筋のマンションが良い。内装も、今より少しデザイナーズよりのところが良い。私が一人暮らしをするのに必要な生活の予算も、だんだんと分かってきた。だから家賃の予算も、最初よりは2万弱は上げられる。

最近は、仕事の方も自分のペースを作れるようになってきた。受け身だった仕事への姿勢も、何となく自分なりのスタイルや意見も多く持てるようになってきた。まだまだできないことも多いけれど、社会人としての楽しみ方も分かってきたしこれからもっとチャレンジしてみたいこともある。

次の街もまた、はじめて借りたあの部屋を決めた時と同じように。どこか懐かしい商店街もあるような場所を見つけて暮らしたいなと思う今がある。


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