スキル熟達過程の話
熟達とは
熟達とは、長い経験を通してスキルや知識を獲得し、高いレベルのパフォーマンスを発揮する熟達者になる過程です。その熟達化を支えるのが実践知です。熟達者になるためには長期的な経験・学習が必要で、次の4段階に分けられます。
1. 手続的熟達化
この段階では、ほとんど経験のない状態の中で、指導者からコーチングを受けながら、仕事の一般的手順やルールを学習します。初心者は言葉による指導よりも実経験が重要です。この段階から次の段階の一人前になるには最初の壁があり、離転職してしまう者もいます。
2.定型的熟達化
指導者なしで自律的に日々の仕事が実行できる段階です。仕事に関する手続き的な実践知を「蓄積」することによって、決まり切った仕事であれば、速く、正確に、自律的に実行できます。しかし全く新しい状況に対してはうまく対処できないことがあります。この段階には時間をかければほとんどの人が到達できます。しかし次の段階に進むには、定型的でない仕事のスキルや知識を獲得するという壁があるため、それ以上は伸びなくなるキャリア・プラトーが生じることがあります。
3.適応的熟達化
中堅者は、仕事に関する手続き的知識を蓄積し「構造化」することによって、仕事の全体像を把握します。詳細は後述しますが、類似性認識(類推)ができるようになり、類似的な状況において、過去の経験や獲得したスキルを使えるようになります。仕事の分野で異なりますが、およそ6〜10年で到達する段階です。この段階に達してから次の創造的熟達化に進むには大きな壁があり、この段階で停滞する40代半ばのキャリア・プラトーがあります。
4.創造的熟達化
中堅者のうち、膨大な質の高い経験を通して、レベルの高いスキルや知識からなる実践知を数多く獲得した者が熟達者です。これは全ての人が到達する段階ではありません。熟達者は、高いレベルのパフォーマンスを効率よく正確に発揮し、事態の予測や状況の直観的分析と判断を的確に成し遂げます。また、新奇な難しい状況においても創造的な問題解決によって対処します。
熟達化のまとめ
以上、まとめるとスキル熟達の段階は
『蓄積段階(定型的熟達化)
→構造化段階(適応的熟達化)
→再構造化段階(創造的熟達化)』
実践知
上記の熟達化過程で獲得する実践知には次の3つの特徴があります。
【特徴1】
人は、経験によって獲得した「手続き的知識」を実際に適用する中で、その意味を考え、それに対応する「概念的知識」を獲得します。概念的知識とは、問題状況の適切な解釈、その問題状況に関わる本質や原理に関する知識です。
【特徴2】
つまり実践知とは「仕事に関する手続き的知識」と「その深い理解を可能にする概念的知識」から構成されます。熟達者の実践知は、手続き的知識と概念的知識が緊密に結束しています。
【特徴3】
人は、メタ認知的知識と省察により、通常の知識よりも一段高いメタ水準から知識や行動をコントロールします。メタ認知的知識には、自分の熟達度に関する適切な自己評価、仕事の難易度の判別、実行に関わる方略の有効性に関する知識が含まれます。そして仕事の前、最中、後の各段階で、自分の実行過程を省察して行動をコントロールします。
暗黙知と形式知
以上の実践知には、仕事の中に埋め込まれた言語化できない暗黙知が大部分を占めています。暗黙知は単なる仕事の知識ではありません。
【特徴1】
暗黙知は非言語的、非形式的な知識であり、個人的経験、熟練技能、組織文化、風土などの形で存在しています。これは、周囲の人の行動から推論したり、経験から自分で発見したりして獲得されます。
【特徴2】
また暗黙知は普遍的な知識でもなく、状況や目標依存的な知識であり、仕事の問題状況を即座に把握して適切な対処したり、仕事場の慣習や経験的知識に基づいて熟考したりするときに働きます。人が仕事環境に適応し、優れた業績を上げるためには、暗黙知を環境から積極的に探し、獲得することが重要になります。
【特徴3】
一方の形式知は、客観的、論理的で言語的な知識です。マニュアルや仕様書の形で存在し、研修で教えることのできる知識です。
問題解決に必要なスキルや知識は、実際の仕事に埋め込まれ言語化できていない暗黙知が大きな部分を占めています。その獲得を促進する工夫がOJT(On the Job Training:職場内訓練)やローテーション型の定期異動です。
管理職の実践知
管理職に必要とされる実践知には次の3つがあります。
【1.テクニカルスキル(タスク管理)】
特定の業務を遂行するための、情報処理の効率化に関するノウハウです。特に管理職は仕事に時間をかけるよりも完成させることに力点を置きます。
【2.ヒューマンスキル(他者管理)】
部下、同僚、上司との関係作りなど対人に関するノウハウです。特に管理職は人間関係の網の中で問題解決を図る必要があります。これは、後述するヒューマンスキルを支える暗黙知に該当します。管理職は仕事をできるだけ多く有能な者に任せる傾向があります。
【3.メタ認知スキル(自己管理)】
2のスキルが他者管理であったのに対し、メタ認知スキルは、自分のモチベーションをコントロールしたり、自分の能力を組織の中で発揮するためのノウハウです。主に自分の行動を俯瞰し省察する「メタ認知的側面」と、行動を方向づける「意志的側面」で形成されます。
これら3つの実践知(タスク管理、他者管理、自己管理)の土台になるのが、次項で述べる学習態度や省察です。
実践知の獲得のために(学習態度)
実践知の獲得には、経験年数だけでなく、経験から学んでいく学習能力や態度が重要です。
【1.挑戦性】
新しい経験に対して開かれた心、成長しようとする能力や達成動機、ポジティブな学習としての冒険心を指します。これらは挑戦的課題、つまり能力を少し越えた課題へのチャレンジという行動にあらわれます。逆に「無難性」はミスをしないように確実で無難な仕事を好む態度です。
【2.柔軟性】
新しい環境や経験に開かれた心を持ち、他の人の意見や批判に耳を傾けて、新しい考え方や視点を取り入れたり、相手に応じた柔軟な対応をすること、誤りから学習することです。
【3.省察】
職場の環境を理解するために、状況に注意を向け、フィードバックを探索するモニタリング活動つまり省察です。初心者は情報処理のリソースが乏しいため、情報収集や重要な情報の検出が劣り、適切な省察ができないことがあります。
実践知の獲得のために(職場環境)
実践知の獲得には、職場の特性や風土、他者(上司・先輩・同僚など)が関わるため、組織学習の視点が重要です。初心者が、偶然の経験ではなく、長期的計画に基づいて、周辺から中心的仕事に参加するように段階的に経験が与えられ、熟慮を伴う練習ができることが重要です。さらに、周囲から結果の適切なフィードバックが得られ、学習者自身が結果を省察(振り返ること)ができることが、熟達化を支える場として必要です。また、職場において、働く人が省察に基づいて批判的に思考を行い、年齢や職階の上下にとらわれず、職場や仕事の変革について対話をするには、職場が批判的対話ができるクリティカル・コミュニティであることが必要です。
参考文献
楠見孝、ホワイトカラーの熟達化を支える実践知の獲得、組織科学Vol.48No.2:6-15(2014)
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