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中編小説『二人』

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2022年1月の記事一覧

中編小説『二人』(2-2)

中編小説『二人』(2-2)

 何度も通ううち、知らぬ道から通い馴れた道へ変わってゆき、それにつれて迷うことへの不安は薄れ、代わりに通うことの意味を問うて、時間を埋めるようになる。最初は風景に拘って眺めていたが、風景の側から何も訴えるものがなくなると、最初から最後まで単調に流れ、やがて色も形も褪せていく。
 不思議なことに、通りで人とすれ違うことはなく、たまに建物と建物の間の狭い通路に、背中を向けて振り返る猫を見かけると、やは

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中編小説『二人』(2-1)

中編小説『二人』(2-1)

 数日後、私とノゾミはファミリーレストランで、テーブルを挟んで向かい合っていた。ノゾミは出会った当初のような硬い張り詰めた表情をして俯き、自らの指先に視線を凝めている。私もまたその美しい造形をそぞろに眺めながら、話し出す頃合いを計っている。

 指定された待ち合わせ場所は、職場のある終着駅から数駅手前にある、急行の止まらぬ駅だった。毎日通り過ぎていたが、車窓からちょうど同じ目線に見える、性病専門病

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中編小説『二人」(1-5)

中編小説『二人」(1-5)

 扉の向こう側に人影が立ち、ようやく自己言及のループから意識が切り離される。壁に掛かった時計を見ると、短針が12時を指す。私は気持ちを切り替えようと、頬に力を入れ、迎え入れる顔を作る。扉が開き、ノゾミがまだらに濡れた姿で立っている。
「いらっしゃいませ」
 一瞬顔をこわばらせ、そして「また来ました」と言う。その言葉に妙にホッとさせられる。回数を重ねるうち、ノゾミからも少しずつではあるが気安い言葉が

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中編小説『二人』(1-4)

中編小説『二人』(1-4)

 ノゾミは内に何かを抱えた面持ちで、頤を深く引き、黙り込んでいた。私は突然の来訪に戸惑い、向かい合うこの状況が微睡みの底で見る幻のように現実感が乏しい。
 施術の希望を問えば、名札にある私の名前をおずおずと口にしたあと、「お任せします」と言う。施術中は押し黙ったまま、時折、作業の運びを不思議そうに眺める。そうかと思えば、私が指先に顔を寄せる合間、こちらを伺う眼差しが視界の端に張り付く。戸惑いを引き

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