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風鈴と風(3)

熱いシャワーを浴びて、俺は気持ちを入れ替えてまんぷく屋に向かった。

今日は佐都の誕生日。
つまり、俺の誕生日でもある。

常連さんたちが俺と佐都のお祝いをしてくれるというので、集まってくれていた。
俺と佐都が付き合っていることは、もう周知の事実であり、みんなが優しく見守ってくれていた。

常連さんが差し入れてくれたケーキを、いつかのように2人でナイフを持って入刀する。
八さんたちは、ここぞとばかりに囃し立てる。
みんなの前では、佐都に触れることはできていた。
今日だって、なんの拒否感もなく、佐都の手に触れていた。

俺はもう、自分がわからなかった。

明るく振る舞いながらも、俺は、どんどん自己嫌悪に陥っていった。

人を愛する資格なんてきっとないんだ。
昔から、愛情を受けてこなかった俺にとって、愛なんて言葉は、ハードルが高すぎたんだ。
高望みしすぎたんだ。

気が付いたら、パーティーは終わっていて、周りには誰もおらず、佐都と俺だけが残っていた。

ピロリン

スマホの通知が鳴る。
母親からのメールだった。

"おめでとう。
健太にとって素晴らしい一年になりますように"

毎年同じ文面。
この文面を毎年毎年、飽きもせず送ってくる。
こんな事務的な文面を義務で送ってくる母親に呆れてしまった。

思わずため息が出る。
そんなため息を聞いて、佐都がどうしたの?と俺の顔を覗き込んできた。

「見てよ、この文面。
愛情もなんもない。事務的でしょ?毎年同じ文面なんだよ。
母親にとって、俺ってなんなんだろうって思うわ。小さい頃から、母親に甘えることは許されなかったし、習い事だらけでそんな暇もなかった」

昔からそうだった。
甘い母親ではあったが、甘えさせてもらったことはなかった。
いつも、深山の人間としての姿勢を正されて生きてきた。
家族ってこう言うものだと思って生きてきたから、佐都の家族に出会った時は衝撃だった。
これが家族なんだ。これが愛情なんだ。
愛情っていうのは、お金や結果で表すものじゃないんだ。
長年違和感として感じていた自分の家の『おかしさ』がはっきりと健太の前に示された瞬間だった。

だから、まんぷく屋に引き寄せられそして、その中で輝く夏の風のような佐都に魅せられた。

これほどまでに佐都に魅せられているのに、何故俺はその思いを行動で表せないのか。
ここ数ヶ月の自分を振り返って、俺はまた自己嫌悪に陥り、欠陥品の自分を呪った。

「でもさ、似たもの親子だよね」
「え?」
似たもの?俺と母親が?
俺はちょっと納得がいかない思いだった。

「どこが??どこが俺と母親、似てるの?」

「うーん。不器用なところ?
健太さんもさ、思った事を言葉や行動にすること苦手じゃない?お母さんもそうだよね。この文面見ればわかる」

「不器用?」

「うん。不器用。あれ?もしかして自覚なかった?」

不器用?そんな言葉一つで片付けられる事なのか?
俺はちょっと信じられなかった。

「毎年同じ文面を送れるってことはさ、毎年同じ事を思えてるってことでしょ?それってすごいことだよ?
で、健太さんも、毎年同じ文だって思うってことは、毎年ちゃんとメッセージを受け取ってるってことだよね。覚えてるんだもん」

まさか。
そう思ったが、確かに母親の文章を一字一句間違えずに覚えている。
年に一回のことなのに。
そして、母親のメッセージも、本当に一字一句変わっていない。

「この文面で、お母さんがどれだけ健太さんのことを思っているかわかるよ。健太さんもお母さんのこと大好きでしょ?見てればわかる。なんか色々あるみたいだけど、そこが揺るがなければ大丈夫だよ」

胸のつかえが解ける言葉だった。

それはまるで、母親に抱きしめてもらいたくて、甘えたくて仕方がなかった小さな俺を、佐都が抱きしめてくれていて、そんな俺を、大人になった自分が「よかったね」と佐都の上から俺自身を抱きしめているような、そんな不思議な感覚だった。

母親から愛されていなかったわけじゃないんだ。
小さい俺よ、大丈夫だ。
お前は、ちゃんと愛されていたよ。

俺は、俺を愛してもいいんだ。
人から愛されてもいいんだ。

気が付いたら、佐都の手が俺の頬に触れていた。

「やっと触れられた。届いた」
佐都が笑っていた。

その瞬間、佐都の愛情が流れ込んでくる。
愛されていることを体感する。
俺も、そっと佐都の頬を触る。
佐都の体温、吐息、脈拍を感じる。

生きてる。

俺の目の前で佐都は生きてるということを実感する。
それと共に溢れてくる愛おしさ。

「好きだよ」

気持ちが口をついて出る。

「え?」

「うん。好きです。好きだ。好きなんだよ!」

"好きです"

その言葉を繰り返すたびに心が温かく満たされていく。

なんて簡単な4文字。
なんて素敵な4文字。
俺の中にこんな感情があったなんて。

言えば言うほど、自分が強くなるような気がした。
どんどん気持ちが湧き出た。
佐都を幸せにしたい。
俺が幸せになりたい。

気がついたら、俺は佐都を強く抱きしめていた。

「あははは!嬉しい!
俺の中にこんな感情があったなんて。好きって言えるってこんなに素敵なこと。
好きな人に触れられるって、こんな幸せなことなんだね!」
俺は佐都を抱き上げてクルクル回る。

好きという感情に深山なんて関係ない。
俺が勝手に好きになって、勝手に幸せになりたい。そう思ってるだけ。そこにしがらみなんてない。

ただ、今日も君が好き。
それだけ。
それだけで今が、明日が輝いて見える!

「ちょっと健太さん。急にどうしちゃったの?!」
佐都はクルクル回されて、目が回ったようでフラフラしていた。

「本当そうだよね。でも、俺わかっちゃったんだ」
「何を?」
「佐都ちゃんに出会えた俺って本当ミラクルスーパーラッキー!」
俺は佐都に軽くキスをする。
佐都は、思わぬキスに目を丸くした。

「だからね、俺、今日からそのラッキーをちゃんと言葉に、行動に表すんだ。
佐都ちゃんのその素直さが、強さが俺を掬い上げてくれた。本当にありがとう」
もう一度、キスをする。
佐都は照れ臭そうに、ふふふ、笑う。

「それを言ったらね。私も、健太さんのしなやかな言葉で救われたんだよ。ありがとう」
今度は佐都からキスが飛んできた。

俺たちは、これから全身でお互いを好きだって表現していこう。
それが俺たちが手に入れた最強の武器だから。

俺が笑う。
それを見て佐都が笑う。
それを見てまた俺が笑う。

俺の中に夏の風が吹く。

ちりん。
風鈴が軽やかに鳴った。

あとがき
これは、ドラマやんごとなき一族のサイドストーリーです。
佐都と健太がどんな困難にも立ち向かう2人になるには色んなことがあったんだろうと思うと共に、イチャイチャな2人になるにも何かあったんじゃないかな?という二つの思いを軸にこのお話を妄想しました。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
なお、このお話は私の完全なる妄想であり、本編とはまったく関係がありませんので、悪しからずです。
また、原作は未読であり、ドラマ寄りのお話になっていることもご了承下さい。

このお話は、前に書いた夏の風というお話と繋がっています。良かったら、そちらも覗いてみてください。


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