夏の風
下世話な話だが、俺は金持ちだ。
自分には財力がある。
でも、それは決して自分が築いたものではなく、家に財産がある、というだけの話だ。
だからお金に執着なんてしたことがなかったし、むしろそんなお金に対して嫌悪感しかなかった。
それが今、大問題として俺の前に立ちはだかっている。
まんぷく屋にかなりの借金があることがわかったからだ。
これを返していく手立てを考えないと、まんぷく屋は俺の前から姿を消してしまう。
「まずいよなあ…」
商店街のロクさんの沖縄料理店で、ロクさんと健太はお酒を飲んでいた。
「まんぷく屋さ、結構な額なんだよね、借金。良恵ちゃん、どう考えるかなあ…」
まんぷく屋の借金問題は、商店街で知ることとなり、皆、自分のことのように心配してはいたものの、よその家の借金問題なので、どうすることもできない状態だった。
ただ、正直、健太の財力を考えるとそれほど問題のない金額で、自分がお金を出すと申し出れば、それで済む問題だった。
「健ちゃんさ、お金出そうとしてるでしょ。でもダメだよ」
商店街の会長をしているロクさんが健太に釘を刺した。
「え?」
健太は自分が深山の人間であることも、財力があることもこの商店街の人には喋っていなかった。
「たっちゃんがさ、前に言ってたんだよ。健太は多分深山グループの関係者だと思う。本人はひた隠しにしてるみたいだから、知らないふりしてるけどなって」
そう言えば、一番最初にお店に行った時、「良いとこの坊ちゃんだろ?」と言われたことがあった。あの時からわかっていたのか。
健太は驚いた。
「でね、俺も言ったのよ。そんなお金持ちなら少し都合つけて貰えば良いじゃないって。
そしたらさ、たっちゃん『だからこそ、あいつには頼れねえよ。だって、あいつは息子なんだよ。息子から金借りるのは、おかしな話だろ?親の立場がねえ』って。
だから、たっちゃんの事親みたいに思ってるんなら、簡単にお金都合しちゃいけないよ?」
ロクさんの言葉に健太は頷いた。
薄々はわかっていた。
多分自分が資金を提供しても、達郎さんも良恵さんも受け取らないだろう。
そういう人達だ。
だから、ずっとずっと、どうすれば良いのか考えていた。でも、答えが見つからなかった。
健太はロクさんと2人でため息をついた。
ある日、仕事帰りに商店街で買い物をしていると「健太さん」と声をかけられた。振り向くと佐都ちゃんだった。
「健太さん買い物?」
「うん。夕飯なんにしようかなって思いながらぶらぶらしてたんだ」
「ふふふ、そういうのって贅沢ですよねえ」
「贅沢?」
「はい。だって、何作ろうかなって、完全に自分のための選択肢じゃないですか。その日、その時美味しいものを食べて幸せになるための時間なんですよ?贅沢ですよ」
「そっか、贅沢か………うん、そうだね。贅沢だね」
健太は、贅沢と聞いて、今までお金を使うことが贅沢だと思い込んでいた事に気がついた。
そうか、例え目の前のちょっとしたことでも自分で選べるって事は贅沢なんだな。今自分は深山から距離を置く事で、夕飯に何を食べるという贅沢な時間を過ごすことが出来ているんだ。
健太は急に献立を考えながら歩いている自分がすごく贅沢をしているような気分になって、現金だな、と1人笑った。
「私ね、夢ができたんです」
突然佐都が話し始めた。
「ゆめ?」
「はい。それは、まんぷく屋をお母さんと守っていくこと。このまんぷく屋で、お父さんが残してくれたモツ煮を守っていくの。変な話だけど、お父さんが亡くなっちゃったから、思えたんですよね」
「え?」
「もちろん死んじゃった事はとても悲しいし、今もお父さんの話するだけで涙が出ちゃうんですけど、今までも何となくお店を継ぎたいって思ってはいたんです。でも、そこにはモヤがかかっていて、ハッキリとはしていなくて…。でも、目指していたから、大学も栄養学を選択したんだと思うんですよね」
佐都は立ち止まり、健太もその場に立ち止まった。
「それでね。お父さんがいなくなった事で、ハッキリと、クッキリと分かったんです。私の夢はここだ!って」
佐都は健太の先を少し駆け足で進み、くるりと振り返った。
「ここ。この商店街で家族のような人達と肩を組みながら、お父さんのモツ煮を、変わらない味を、いつまでも出し続けたい。ここは、私の大きな家族だから」
両手を大きく広げて、佐都はキッパリと宣言した。
とても頼もしかった。
一番初めに会った時、夏の風を感じたのはこれか。
健太は思った。
彼女から湧き出てくる柔軟な姿勢と瑞々しい姿。
まさに夏の風だった。
そんな夏の風が健太にも勢いよく叩きつけた。
そうだ。
まんぷく屋に出入りするようになって、この商店街の人とも仲良くなった。この商店街の人たちとの横の繋がりが、自分にとって本当に嬉しかった。
深山は日本の不動産業のトップに君臨している。特に父親は、トップであることに自覚と誇りがありすぎて、常に下を見下ろす生活をしている。実際自分も小さい頃からそう言う教育をされてきた。
だけど、小さな頃からずっと違和感があった。そうじゃない。自分が欲しいのはそういう事じゃない。
俺は見下ろすんじゃなくて、みんなと肩を組みたかった。ここでまんぷく屋に出会って、息子みたいに受け入れてもらって、そしたらその輪が広がって今や、この商店街全部が俺の家族みたいになってる、この自分の幸せな場所を守りたい。
今、目の前で自分の夢を宣言した佐都と自分が同じである事に驚きつつ、同志がいることが嬉しかった。
「佐都ちゃん!とっても素敵な夢だよ!俺、応援する!俺もね、この商店街の人たちが家族みたいだなって思ってたんだ。佐都ちゃんと同じなんだよ。だから、2人で頑張ろう!」
健太は力強く佐都に言葉を返した。
それと共に、健太にあるアイデアが生まれた。
健太は走ってその場を離れた。
「あ!健太さん!!」
佐都が呼び止める。
「なに?」
少し離れたところで健太が聞き返す。
「ファイト!!!!」
佐都が満面の笑みで大きく手を振る。
健太も満面の笑みを返した。
健太は走ってそのまま、ロクさんのところに行く。
「ロクさん!クラウドファンディングって知ってます?」
「なんだ?くらうど???」
「平たく言うと、インターネットで寄付を募る方法です。大体は見返りの魅力に惹かれてとか、取り組む内容に惹かれて応援したくて寄付をするんですけど、そう言う感じなこと、やりませんか?!」
健太は熱い思いを、応援したいという気持ちにのせて一生懸命伝えた。
家族を守りたいと言った佐都の為にも、自分の為にも今やれる事を、思う事をやっていこう。
夏の風に後押しされるように、健太は前に進む決心をした。
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