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「自分の手で、納得できるものを届けたい」

PORTO(ぽると)は、兵庫県神戸市の中心部・三宮にある「おやこの世界を広げるサードプレイス」です。大人もくつろげる室内遊び場で、一時預かりや各種イベントなども開催しています。

PORTOのことをもう少し深く発信する上で、関わる「ひと」というところからお伝えできれば、とスタートしたインタビュー「PORTOなひとたち」。

インタビュー4人目は、PORTOで月1回程度「和菓子づくり体験」イベントを開催してくださっている、和菓子教室の講師・野田ゆりかさんです。

PORTOがOPENしてすぐの頃、ご近所だったこともありたまたま前を通られて存在を知り、娘さんと遊びに来てくれた際に「PORTOで、親子のみなさんに和菓子づくりを楽しんでいただくきっかけづくりがしたい!」とお声かけ頂いてからのご縁です。

季節を感じられる「練り切り」づくりが好評で、毎回たくさんの方にご参加いただいています。「おやこで楽しめる和菓子教室の講師」というお仕事に野田さんがどのように出会い、今どんな風に活動されているのか、またどんな思いでPORTOで和菓子づくり体験を開催いただいているのか、お聞きしました。

毎回たくさんの方にご参加いただいている、野田さんの和菓子づくり体験@PORTO

印刷物の企画から納品まで、全行程に携われる楽しさ

野田さんのご出身は、神奈川県。歴史や文化財が好きで、遊園地よりも博物館へ行きたがるような幼少期を過ごし「京都の大学でもっと歴史学を学びたい」と進学され、仲間との歴史談義に花を咲かせる日々を送っていたそうです。
しかし、就職を考えはじめた頃に、大好きな歴史や文化財を職業にして働くのは間口が狭く不安定なことを知り、何か関われることを、と大学時代から小学生向けの京町屋についてのワークショップなどをボランティアで行われていました。
そこで必要なプリントを作成したり、冊子を作ったりすることが縁で、大阪の印刷会社へ入社されたそう。そこからの、野田さんのお仕事ヒストリーをお聞きしました。

就職された大阪の印刷会社では、どんなお仕事をされていたのですか。

ただ発注をうけて印刷を行うといった会社ではなく、商品設計を一緒に考えたり、広告デザイン、その後の撮影のサポート、デザイナーさんへの商談にも同行するといった、いわば中継ぎのような立場で、出版物のほとんど全ての工程に携わり、経験を積みました。
また、働きはじめた頃は男性が多い職場で、長時間労働が当たり前。食らいつくために長く残業して、がむしゃらに仕事していました。

なかなかハードなお仕事・職場環境だったのですね。その時はどのようなことを感じ、考えられていましたか。

大変なことももちろん多かったですが、自分の裁量で納得のいくものを作るために、とことん向き合うことができる仕事に誇りを持ち、楽しむ気持ちもありました。そこで8年間、必死に働いているうちに少しづつ女性が増えてきたこともあり、就職した頃にはなかった育休制度も導入され、結婚・出産後、1年半の育休を経て復帰しました。

職場復帰されてからは、いかがでしたか。

デジタル化の流れから印刷業界が少しずつ全体的に傾きはじめたこともあり、一つ一つのクオリティにこだわることよりも、一つでも多く数をこなすことが重視される傾向が高くなっていたことは、印象的でした。また、子育てをしながらの勤務への会社からの配慮として、自分が主で動く仕事は少なくなり、誰かのサポートをする仕事が増えるようになりました。

育休中に社風や方針が変わったり、任せられるお仕事や職域が変化する、というお話はよく耳にしますね。野田さんご自身はどんなお気持ちでしたか。

子どもの体調不良や行事での休みなど全くとがめられずに、心置きなく休ませていただけたことなど、たくさん配慮していただいてとても感謝してます。ただ、仕事への向き合い方が少し変わってきていることに悩んで、個人的にもうちょっとやりたい、と勝手に持ち帰って仕事したり、パートナーと時間を調整し、残業してたりしていました。
「仕事をもう少ししたい。でも、、、」と心のなかにうずまく葛藤や社内で感じる疎外感に苛まれながら、ふと育休中に習っていたおうちで出来るパン教室のことを思い出したりしていました。

育休中にパン教室へ通われていたのは、どんなきっかけですか。

料理が苦手な自分の作ったパンを嬉しそうに食べる娘の姿に、初めて喜びを覚えました。その講師の方が手に職を身につけ、フリーで働かれていて、こういう働き方もあるのか、と認定資格の講座を受けました。
育休中に資格を取得したものの、パン教室の講師になる選択はしなかったのですが、職場復帰した後も「自分が「手に職」として身につけたいものにはなんだろう」というのを見つけたい気持ちでいろんな講座へ行き、学んでいました。そこで「練り切り」と出会います。
その際に教えていただいた先生の生き方や考え方などにも憧れ、この先生から学びたいと決意し、仕事と家事の両立に慌ただしく過ごしながら、休日は子連れで練り切りの講座を受講しに行く、という日々を重ねて、講師の資格を取得しました。

会社員として働きながら、休日にお子さんと「練り切り」の講座を受講されていたそうです

「練り切り」との出会い

ここで和菓子、練り切りと出会うのですね!そこから講師としての人生が始まるのでしょうか。

まだそれだけでやっていくのは自信がなかったので、その当時は会社で副業が許されていなかったのですが、直談判して許可を取り、働きながら月に1回程度、自宅で和菓子教室を始めました。

また、その頃娘が通っていたのは小規模保育園で在園に期限があり(小規模保育園は0歳〜3歳までと対象年齢が限定的な保育施設)、残り1年だったこともあり、通勤時間も加味すると自宅から他に転園出来そうな保育園が見つからないことから、頭の片隅で「これから自分はどう働いていきたいんだろう」と考え始めるようになりました。

直談判して副業の許可を取られたんですね!ダブルワークの日々は、いかがでしたでしょうか。

レンタルスペースや、自宅でレッスンを行っていました。その頃、インスタにあげていた記事をディレクターの方が見つけて下さってNHKへ出演するなど、思いがけないこともありながら、レッスンを通して自分も腕を磨いている日々を過ごしていました。
その頃にPORTOさんを通りがかって知り、是非ここでもレッスンさせてください!とお話しました。

NHKの番組に講師として出演された際の野田さん

ここでPORTOとの繋がりが生まれたのですね。見つけてくださって、ありがとうございます。私自身、和菓子作りを子どもと一緒に出来る機会、というのはこれまで聞いたことがなかった気がします。

そうなんです。これまでの和菓子教室は大人向けだったり、職人を育成するための講座であることが多く、親子や家族で、子どもも一緒に楽しむ、という形でやっている方がほぼないので、自分がそれをやりたいなと考えました。実際に参加してもらった方々から喜ばれることが増え、自信ややりがいのような気持ちが生まれました。
複数名でのレッスンで初めてご体験いただいてから、自宅での個人レッスンへ興味を持ってくださった方も居られたり、この練り切り・和菓子作りで自分の道があるかもしれない、と少しづつ感じるようになりました。

「和菓子づくり」というと難しそうなイメージを持っていましたが、ねんど遊びのようにお子さんも楽しめるものなんだ!ということを、野田さんのレッスンを通じて知りました

自分の手で、納得できるものを届けたい

その後、副業から独立というのは大きな決断だと思うのですが、きっかけになったことはありましたか。

副業として始めた頃は月に1回の仕事のリフレッシュとしての役割が大きかったのですが、どんどん「もっとこんなことをやってみたい」「こうしたら楽しそう」と考えるのが楽しくなってきました。
この「自分の手で、納得のいくものを届けられる」ということが、自分が働く上ですごく大切なことなのかもしれない、と感じはじめたことと、娘の小規模保育園在籍の期限がきたこともあり、円満に退社して和菓子講師として独立することになりました。

独立してすぐにコロナ禍になったこともあり、オンラインレッスンを始めました。受講してくださる方がご自身で準備できるもの(市販の粒あんなどを)へ内容を変更して実施していたのですが、遠く沖縄からや海外から受講してくださる方もいて、和菓子講座の可能性を感じています。PORTOさんでも月に1回講座を開催させていただいて、お子さんの年齢も幅広く、たくさんの方に来ていただき、わたし自身も楽しませていただいています。季節に合わせたデザインや工程を考えるのも楽しく、日々ワクワクしています。
印刷会社で働いていた頃より収入は減りましたが、自分で納得行くまで仕事に向き合えることが仕事をする上で自分にとってすごく重要度が高いことがよくわかりました。

家族と過ごす時間もこれまでより増え、平日休みのある仕事をしている夫とも、一緒にランチに出かけたり、これまでより一緒に過ごす時間を取れているように思います。そんな風に時間の使い方を変えられたことも、独立して良かったことのひとつだと感じています。

独立されたことで、ご家族の過ごし方にもポジティブな影響があったのですね。野田さんの「和菓子作り体験」はPORTOでも大人気で、幅広いご年齢のお子さんのいらっしゃる方に楽しんでいただいており、こうして定期的にご一緒いただけて私たちもとても嬉しく思っています。
今後の展望や、これからやってみたいことなどは、ありますか。

自分が作ったものを娘が喜んで食べてくれた喜びのように、子育て中のみなさんが、食べること、作ることをおやこで楽しめるきっかけになったらいいなと考えています。先日PORTOでの出会いを通して、自分より人生経験が先輩のご婦人のみなさん向けに講座をさせていただき、本当に幅広い年齢層で楽しめるのが和菓子の魅力だなとあらためて感じました。これから、おばあちゃんおじいちゃんとお孫さんとで一緒に楽しめる趣味としてのご参加、などの機会も増えたらいいなと考えています。

幅広い世代の方にお楽しみいただけるのも、和菓子の魅力のひとつ

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【編集後記】

PORTOでは、たくさんの方がイベントを開催してくださっています。家族をもつことや子どもができることで変化する自分の中の優先順位や、あらためて見つめる「大切にしたいこと」をきっかけに、働き方を変えたり、新しいことに挑戦したりする「子育て中のおとな」の選択に寄り添える場所でありたいなと考えています。中でも人気の「和菓子作り体験」はPORTOがOPENして間も無い頃より開催いただいており、こうして野田さんの思いや考えを伺うことができ、個人的にこれからを深く考える機会にもなりました。

レッスンにご参加されるお子さん・親御さんの表情からも、野田さんが言われている「食べること、作ることをおやこで楽しめるきっかけ」になっているなあということが伝わってきます

纏われている雰囲気がとても穏やかで、柔らかい笑顔が印象的な野田さん。「和菓子づくり体験」でも、参加されるみなさんが、優しい言葉使いや温かな雰囲気に癒やされながらも、引き込まれていくのを感じていました。
今回こうしてこれまでのこと・これからのことを伺う中で何度か口にされた「納得できるものを届けたい」という言葉から、「和菓子講師」というお仕事に真摯に向き合われる野田さんの、根っこにある真剣さや熱さに触れることができたインタビューなのでした。(みほ)