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神戸シェラトンのクロワッサンと年収1千万の女
本日の主人公
Age:37
Job:不動産
新神戸駅からバスで海側へ20分。ベイエリアに渡る橋から見る海は、地上から見るそれとは異なり、ホテルへの道のりをより一層わくわくさせる。ひとり旅はもう慣れっこ。iPodと文庫本さえあれば、むしろひとりが心地いい。
神戸港と六甲山まで見渡せる神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズと聞くと、さぞ美しい景色と想像させたが、周りに高層の建物が多いせいで、高層階山側は、景色より近くのビルが目に入った。
大丈夫。今日の醍醐味は温泉だから。各階には温泉に向かう専用エレベーターがあり、ホテルでは珍しく、浴衣で温泉に行ける仕様になっている。
泉質も柔らかく、外湯は紅葉が美しい。前に彼と来たときには桜が咲いてたのに、と見渡すと、美しい赤ね横に、枝だけになった木を見つけた。心もとない枝は、桜が咲いていたなんて嘘みたいだ。
2階まで吹き抜けになっている、朝食会場もお気に入り。道路側が全面窓ばりで、木の隙間から上部は空の青、下部には手入れされたテラスが見える。パラソルと木目ガーデンファニチャー。リゾートを思わせるそれは、昔、彼と行った海外を思い出させた。
天井高は2階まで吹き抜けになっているので、窓際なら屋外と変わらないくらいに明るい。
ビュッフェ形式の朝食は、淡路産のオニオンスープが一押し。9等分になっている長方形の皿は、すぐにおかずで埋まったにも関わらず、宝石のように並ぶデザートの前を通ると、後でもう一度取りに行かなきゃなんて思うのだった。
ホテルの朝食はそこにいるだけで、高貴な気持ちになれる。パンのコーナーには、フランスパン、チョコやジャムがマーブルになったブレッドと、ソフトからハードのものまで数十種のパンが並んだ。
ナッツの入ったハード系のブレットと、クロワッサンで、ものすごく悩み、前者を手に取り温めた。選びに選んだバケットにバターを乗せると、ゆっくりと、その熱でバターが溶けていく。
バケットのほんのり甘く、香ばしい香りに包まれると、まあ人生、これはこれでいいかと思えてくるから不思議だ。
右サイドに座る大学生らしきカップルが終始今日の予定を立てていても、もう裏ましくもない年齢になったし、むしろそれが微笑ましく思える。
難ありアラサーだったはずが、気づいたときには、より難ありなアラフォーになっていた。でも、人にどう思われるかより、自身がどう感じるか。人生なんて、結局のところ主観次第だ。
もちろん、あの人と結婚していたら……あのときの選択は……って考えなくもない。むしろいまだって考え続けてるけど、悩んでも、考えても、それは結局のところ相手次第だ。
左サイドに座る家族連れが、クロワッサンを各々手に取り、口に運ぶ度にいい音が響く。
顔と同じ大きさのクロワッサンを小さな手で持ち、口の周りをクロワッサンだらけにした娘が、満面笑みで母に微笑むと、私と同世代らしき女性が、娘の口を拭きながら微笑み返した。
誰かに、選ばれても、選ばれなくても、私は私を肯定し続けないと生きていけないのに、いまだに、肯定の仕方がわからない。誰かといても、寂しく思うのはいつからだろう。
でも、バケットが熱を失うから、そんな陳腐なことは考えていられない。
背筋をピンと伸ばし、フォークとナイフを貴婦人のように扱い、素敵なおひとりさまに徹すると、スッと自身を安定させた。
アランの幸福論に書いてあった。感情は自身ではコントロールできないけど、行動は自身でコントロールできるからって。
人生は、選ばなかったほうをもう一度選ぶなんてできないし、なにが正しくて、なにが間違ってるかなんて言い出すときりがない。
クロワッサンのほうがよかったかな、なんて思ってもハードのブレッドのナッツを味わい尽くした後なのだから。
だから「コーヒーのおかわりはいかがですか?」と声をかけてくれた店員に満面の笑みで答え、パンコーナーへ向かった。
まだ私は、なにも諦めない。
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