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文学新人賞を受賞、その後どうなる? 刊行までの1年間に迫る!~『ややの一本 剣道まっしぐら!』八槻綾介~

皆さま、ポプラ社で開催している「ポプラズッコケ文学新人賞」をご存じでしょうか?

「子どもが自分で考え、動き、成長するものがたり。子どもたちが自分で選び、本当に読みたいと思えるものがたり」、そんな作品を子どもたちに届けられる新たな作家さんとの出会いを願って、2011年からスタートした文学賞です。

2021年に開催された第11回の本賞で、大賞に輝いた作品が『ややの一本 剣道まっしぐら!』(受賞時からタイトルが一部変更されました)。今回はその作者であり、本作で児童書作家としてデビューをされた八槻綾介さんにお話を伺いました。

受賞をしたら、その後はどんな流れになるの?
作家になると、実際にはどんな作業があるの? 
想像と違ったことはある? 
元々のお仕事との両立はどうしていた?

などなど、その時々で感じたこと、どう作品と向き合ってきたのかをたくさんお話いただき、文学賞や児童書にご興味のある方、作家というお仕事に関心のある方にはとくに、おすすめの内容になっています。
ぜひご覧ください。

【あらすじ】
國竹ややは、いたずら好きで剣道を愛する中学一年生。
長年通っていた道場がなくなってしまい、ぱっとしない日々を過ごしていたが、ある日、亡き師の教え「正しく強い剣道」を実践できる場を求めて、剣道部を立ち上げることを決意。
しかし、小学生のときの仲間はそれぞれに問題を抱えていた。 勉強に必死な理衣、人間関係に悩む姫奈、家庭の事情を抱えるなつ。さらに、中学校で知り合ったリョウも、心と体の悩みを持っており、なかなか心を開いてくれない。そしてかつての親友、一香はライバル校に転校してしまっていた……。
仲間集め、顧問さがし、稽古場の確保と、次々にふりかかる難問に、ややは持ち前の行動力でまっしぐらに立ち向かい、最大の目標・秋の新人戦地区大会での優勝を目指して突き進んでいく。

八槻綾介(やつき・りょうすけ)
新潟県在住。『ややの一本 剣道まっしぐら!』で第11回ポプラズッコケ文学新人賞大賞を受賞しデビュー。子どものころ「ズッコケファンクラブ会員」として活動。
ただの変わった人で終わりたくなくて、小説家を目指す。剣道経験者。好きな剣道の技は、出ばな小手。

聞き手:編集担当 上野萌
2013年ポプラ社入社。デビュー作家さんの担当は本作が初めて。

★選考会の様子は、こちらの記事でもご紹介しております!

受賞の連絡は、ある日突然電話で。

(上野)まずは、本の完成おめでとうございます!

(八槻)ありがとうございます。やっと物になったな~と、やっぱりうれしいですね!

できたてほやほやの本と一緒に。八槻綾介さん。

(上野)本は、どなたかにお見せになりましたか?

(八槻)家族と、小説講座の鈴木輝一郎先生、あとお世話になっている剣道の先生にも。
剣道の先生には小説を書いていることもお伝えしていなかったので、「自分でお金を払って作ったんじゃないのか?」と、最初は疑われました(笑)

(上野)たしかに、いきなり小説家デビューって…びっくりされたでしょうね。

(八槻)小説を書いていることは、家族以外にはほとんど言ってなかったんです。家族も、そんなに本気で書いているとは思っていなかったんじゃないかなあ…。休みの日とか夜に、何かやってるな~くらいに思っていたと思います。だからもう、びっくりですね。
こうやって本になったものを見せて、今やっと信じてもらえてるかな、という感じです(笑)

(上野)はじめて大賞受賞をお電話でお伝えしたのは、昨年の4月でした。そのあと、弊社にお越しいただいて…担当編集としてご挨拶をして…そこから、約1年で今回の刊行に至りました。
実際に本づくりを経て、思っていたのと違ったな、ということはありましたか?

(八槻)それが、そんなにないんですよね。もともと、小説講座の鈴木先生からも「直しはきっとたくさんあるぞ!」と言われて覚悟もしていたので…(笑)

(上野)たくさんご相談してしまって、お手数をおかけしました……!

1年間なんどもやりとりをしたゲラ。

(八槻)いえでも、勉強になることもいっぱいありましたし、だんだん良くなっていることが実感できて楽しかったです。

(上野)そうおっしゃっていただけると、編集者としてはとても救われます…! ご一緒する過程では、八槻さんは元々のお仕事もある中で、時間のやりくりがお上手だなとも感じていたのですが、バランスはどうやってとっていらしたんですか?

(八槻)改稿作業などは、お昼休みと休みの日と、夜で進めました。目の前にやるべきことがあるときに、ガッと集中するのは得意なほうなので…そこはよかったかもしれないです。
大変さはありましたけど、直すのも苦痛ではなくて…。上野さん一生懸命やってくださっていたので(笑)そこから勇気をもらい、進めることができました。

(上野)必死になりすぎて、お恥ずかしいくらいですが…結果的にそう言っていただけてよかったです! 

(八槻)やっぱり文章を書くのはそもそも好きなことですし…直すのも含めて、楽しかったです。あと、作品に挿絵がついていく過程は、本づくりの中で嬉しい瞬間のひとつでした!

(上野)今回、挿絵をどなたにお願いするか…という点は八槻さんとも何回もご相談をさせていただきましたね。
ほのぼのとした普通の中学生が、わちゃわちゃとじゃれあっているシーンの楽しさと同時に、剣道のシーンのかっこよさが大事な作品ですよね、とお話していて。そこを両立して描き出してくださる方を…と探してズバッとはまったのが、野間与太郎さんでした。

『ややの一本 剣道まっしぐら!』本文より

(八槻)引き受けていただけてよかったですよね。キャラクターのビジュアルについては、自分の中でなんとなくイメージを作って書いてはいるんですけど、それがちゃんと目で入ってくるというのは新鮮で。自分の作品だけど、自分のものではないものを見ているような……。絵を見せていただくのはただただ、楽しみでした。

磨かれる原稿、つらぬいたのは主人公の個性。

(上野)このインタビューを機に振り返ってみたのですが、6月に最初の改稿のご相談をさしあげたあとは、だいたい1カ月おきくらいに、修正稿をいただいて、それにお返事をして、さらに修正稿をいただいて…と繰り返していました。
原稿の中で、最初の形から一番大きく変更された点は……やはり水貝くんでしょうか?

(八槻)そうですね、水貝くん。しっかりものの理衣のライバルとして登場させていた、かしこい男の子でした。

白い袴の子が理衣。中学生になってからは、勉強一筋でしたが……?
情報リサーチ能力が高く、頼れるしっかり者です。

水貝くん、最終的にはお話からいなくなってしまったんですけど、実は書いているときにもなんとなく、「この子宙ぶらりんだな」とは感じていて。それでもお話がだいぶ出来上がっていたので、ここからこのキャラをとって修正する力はないよな…と思って、無理やりキャラづけもして、そのまま応募したんです。

そこをやっぱり、一番最初のやりとりで指摘されて。「やっぱり、そうだよな」と思って、腹をくくって向き合ってみたら、ちゃんと彼がいない形でも成立できたんですよね。自分の中で持った違和感を、そのままにしちゃいけないんだなと、このときすごく感じました。

(上野)大事に作り上げていらしたキャラクターを、ひとり減らすというのは、とてもとても申し訳のないご相談なので…勇気を振り絞ってお話したんです。そうしたら、「やっぱりそうですよね」とすっと受け取ってくださったので、お伝えしてみてよかった…とほっとした覚えがあります。

(八槻)いいキャラだったんですけどね、役割がなかったんですよね。だから後半で出なくなってしまった。

(上野)同じく優等生な理衣と、キャラクターが被っていた面もあるかもしれませんね。改稿を経て、水貝のせりふを理衣に代わりに言ってもらうことで、理衣のキャラクターが立ったなあと思うシーンもありました。

理衣の情報リサーチ能力、姫奈の観察力、リョウの技術、なつの精神力、そして主人公ややの行動力。それぞれの良さが合わさって、チームを強くしていきます。
キャラクターそれぞれの個性がとても魅力的な作品です。

(上野)改稿というと、八槻さんはいつもこちらのご提案の何倍もユーモラスな、突拍子もない感じで返してくださるのが、実は楽しみでした。

(八槻)え、そうなんですか(笑)

(上野)八槻さんの中にはしっかり「やや」が生きていて、「ややならこうする」という核を強く握っていらっしゃるんだなということを、ひしひしと感じて。この作品の最大の魅力は、「やや」という主人公の強烈な個性だと、初めて原稿を拝読したときから感じていたので…八槻さんのそんなお返事にはいつも、大きな安心感をいただいていました。
というか、この1年間を通じて発見したのですが…主人公のややって、かなり八槻さんぽいですよね…?

(八槻)ぽいですよね(笑)わたしはややよりも、もっとわがままでしたけど。仲間と悪さをするあたりは、そのままです。子どもの頃は率先してイタズラして、正座とかさせられていましたね。当時の友だちにこの本を渡したら、「このイタズラやったね~」なんて話になるかもしれません(笑)

ややの予想外、はちゃめちゃなイタズラは本書の魅力のひとつ!

「掘り下げる」ことを学んだことが受賞につながった。

(上野)子どものころのお話の流れで、受賞される前のことをお伺いできたらと思います。八槻さんはいつごろから小説を書き始めたのですか?

(八槻)文章を書くことは、子どもの頃から好きでした。小学校4年生くらいのときの担任の先生が演劇部出身で、児童に詩を書かせる面白い先生だったんです。それで、詩をいっぱい書いたら褒めてくれて、うれしくって。そこから文章を書くのが好きになりましたね。
ただ、小説を1つ完成させるというのは、最初はなかなか大変で。高校で文芸部に入ったんですけど、そこでも作品を書き上げることはできなくて……結局、1つの作品を作り上げる楽しさを覚えていったのは、大人になってからでした。

(上野)その過程で、鈴木輝一郎先生の小説講座にも申し込まれたんですよね。

(八槻)それまでずっとひとりで書いていたので、この小説講座に入ったことで、疑問点をたくさん聞くことができたのはすごくよかったです。書いているうちに疑問が浮かんできたら、それを直接、作家の先生に聞けて、こうすればいいんだと自分の中で消化できたから、形にできたかなと思います。手取り足取り教えてくれる方針ではないのですが、目からうろこなことはやっぱりたくさんありました。

小説講座で習い始めたころには、わたしは一応、作品を書き上げることはできていたんです。書くのは早いほうで、全部で5、60作くらい書いていて。1カ月に2作とか書いていたころもありました。

(上野)それは早いほうですね!

(八槻)いやでも、今思うと、その分すごく内容が浅いんですよ。そこをもっと掘り下げていく作業が必要なんだ、ということを教えてもらいました。キャラクターの履歴書を先に作るなど…『ややの一本』にも、ここで教わった「掘り下げ」が生きていると思います。

『ややの一本』のキャラクター履歴書。

デビューしても、修行!

(上野)八槻さんはもともと、児童書に限らずいろんな作品を書いていらしたそうですね。

(八槻)はい。実はこれまでは、何かの賞を目指して書くというよりは、書き上がってから、この作品だったらこの賞が合うかな? と選んで応募している感じでした。
本当に趣味の延長で書いていたので……誰に向けてというよりも、書きたいものを書くという感じだったんですよね。

ただ今回、こうして1冊の本を作り上げていく中で、児童書は自分にあっているジャンルなのかな、子どもたち向けならば無理なく書けそうかなという実感を持てたので…。自分の中で今後、児童書の書き方をもっと勉強して深めていって、より子どもたちに届く作品を作っていきたいなと思っています。

私自身も、那須先生の「ズッコケ三人組」シリーズを読んで知ったこと、その時に感じた些細なことが、今も印象深く残っていますし、児童書からの影響は大きいですよね。でも正直私はまだ、そこまで意識して書けるかというと難しいところので…。まだまだ、修行が必要だなとは思っています。

(上野)インパクト抜群でパワーあふれる、ともすると非現実的になりそうなキャラクターであっても、それを瑞々しくリアルに描きだせる…という点が、八槻さんの魅力だなあと感じています。また別のキャラクターとも出会えることを楽しみにしています!

(上野)では最後に…いよいよデビュー作となる『ややの一本 剣道まっしぐら!』が世の中へ出ていきます。どんなふうに届いていってほしいですか?

(八槻)もうほんとうに、自由に、好きなように読んでもらいたいです。そしてできたら、その中から少しでもお土産を持って帰ってもらえたら、嬉しいなと思います。

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八槻綾介さん、ありがとうございました!

読んでいるうちに、いつのまにか自分も「やや」たちに巻き込まれて、「やや」の行動力やいたずらにハラハラしつつも応援している…そんな、目が離せなくなる魅力がつまった作品です。ぜひ、お手に取って体感していただけたら嬉しいです。

★ズッコケ文学新人賞について、こちらの連載もご覧ください!