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私は失敗作ですか?40代からの生き方

母を突き放してから、楽になった私は、海辺の田舎町に住み、普通の仕事をして、扶養の範囲の主婦をしている。


バリキャリになっても、疲れるだけで、そこまで認められもしない(親に)

なんだか体ばかり壊して、パートでもいいかなと思うようになり、とても楽な生活を、そこに安心感のある生活を楽しんでいる。


半分忘れている人生だとしても、その時その時何とか生きてきて、なかなかしぶとい人間だと自分を分析し始めた。

母は父という、人間性は最低かもしれないが、憧れの肩書きのある父に寄り添って生きる事で、承認欲求は満たされながらも、私にもそれを求めた。

バリキャリ女になって、ハイスペ男子も捕まえろだの、
そんなの無理に決まっているのに、私も無理があると分かっているのに、何故か応えようと頑張ってる間はとても苦しく、人にはキャパがあり、あのメールのやり取りでも分かるように、
「自分の置かれた場所」

自身で見つけなければ、自分が壊れてしまうことを知った時、何かしら、乗り越えられない壁が出来、それは、突発性難聴や、顔面麻痺などのやはり脳に関する病になったりして治療にかなり時間を要し、休職を余儀なくされ、最近になり、脳にやはり起因する病が見つかった。
無理すると、体に必ず病として現れる。

やはり遺伝なのか、確かに還暦越えできない親族多く、脳溢血や、脳疾患、父のALS、クモ膜下出血で亡くなった方が沢山いる。


あと、10数年したら還暦だ。

私は決して頭は良くないし、性格も悪いと思う。
しかし、愚かさは知っている。
自分の能力以上のものを他人に望んではいけないし、それは自分の能力ではなく、それを呼び込んだとしても、そのパートナーが亡くなったら、終わり。

憧れの白ウェディングドレス着るも2ヶ月後に破綻
‎(›´-`‹ )

お金なんて生きていけるぐらいあれば良いし、そんなに頭よく、背も高くイケメンといたら疲れるでしょ。
そう言う男に限り、やはり自分にない素直さを持っていたり、何かしら芸術に特化していたり、性格の良い女が好きだろうし、自由を求めているはずなので、私を含め、絶対に選ばれない。

せいぜい愛人止まりだろうと分かる。
そう考えると、父は確かに私も今は尊敬するくらい、憎しみながらもある1面は尊敬していた。

母の言う教養、お稽古は、付け焼き刃のようなもので、確かに私は十分に教養を付けさせて貰ったが、この海辺の田舎町では、全く意味をなさない。

それに、大学だって大したところでもなかった。
高三の時、皆大学が決まっていく中、ヤバいと思い3ヶ月だけ勉強して受ける大学ももうなく、そこらの2次募集で受かり、誰も合格発表など見に行かなかった。ただ、ハイスペ予備軍が揃う、授業料だけはバカ高いところで、親は、医者だらけ、
学校の駐車場は、誰も決めた訳でもないのに、
真っ二つに別れ、

大学生でベンツ、アルファロメオ、ボルボ、フェラーリが並び、なんかのモーターショー?と思うほどだった。

私ら文学部は、ぶつけると恐ろしいので、文系や、その他の学部は😱遠くに、 コソッと停めていた。

女らが金持ちの息子らに群がり、おぞましかった。特にウインドサーフィン部は、華やか過ぎてとても近づけなかった。

昔からそういう人らをあまり好きじゃなかった。わがままだし、親のお金で(私もだが)苦労せずなんでも手に入る、そしてきっと将来も素晴らしい環境に置かれるであろう生活にあまり興味なかった。

自分で稼ぐ、という事の大変さに、自分で働いてみてわかった。そこから、やはり自分で働く道を選んできたが、惹かれる人は、母と違い、性格の良い優しさがある男性が好きだった(空白の時除き)。

モラハラ夫から手を差し伸べ助けてくれた現夫が大好きな私は、やっと40後半にして、苦手な料理や、尽くす事、それに喜びを感じ、普通の生活をしている事をとても幸せに思う。

Oisixだったりする。苦手なので非常に重宝してる

親友がよく言うのは、「1度結婚して離婚して、40代で2回結婚する方が、難しいし、ある意味才能だと思うけど?」


そうか、そうかもしれないね。確かに周りにいないかもしれない。

でもやっと、普通のお嫁さんになれた、私の苦労を誰も知らない。

結婚生活を長くしたことがないので、夫婦とはどのような感じに変化していくのか、分からない。

親友は、今、進学校に通う娘が古典が苦手で、試験前、リモートで私が教えているが、可愛いなと思う。彼女は古典だけが苦手なので、クリアして欲しいと私も思う。

皆、それぞれの生活があり、頑張って生きている。生きづらさを抱えても、なんとかなる。それには、ある程度何かしら拘りや、誰かのせいにする癖を手放さくてはならない。
憎んでいるのは毒親ではなく、その叩き込まれた固定観念であり、それを捨てる。

と、最近は思う。子供はきっと居なくて良かったと思う。きっと私も毒親に間違いなくなっていたと思うし、あまり好きじゃない。というか苦手。
子供も分かるのか、私に全く懐かない。甥っ子だったり、旦那さんのお姉様のお子様だったり。

だいたい最近の世の中生きづらさを抱えている人が殆どで、あまり気にする必要も無いなと思ってきた。心療内科はいつも混んでいる。

世の中あっという間に過ぎていき、

花の色はうつりにけりないたづらに
我が身よにふる ながめせしまに   小野小町

小さい頃、花の色 と聞いたら、
我が身よにふる、を必死に探していた私が、少し百人一首の意味が分かるようになるような生き方をこれからしていきたいなと、

思う。

最後までお付き合い下さり大変ありがとうございます。






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