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念願かなってフランス社会人留学したら、アカハラにあって鬱になりかけた話

皆さんおひさしぶりです。
noteを一年放置していたら、いつのまにかいいねとフォロワーさんが増えていてびっくりなぽむです。

noteでは念願かなって留学した大学院の話を皆さんにお伝えするつもりだったのですが、いわゆる「アカデミックハラスメント」にあってしまい、それどころではありませんでした。

ただ、もうそろそろ自分のなかでも吐き出して、今目指していることに本腰をいれたいので、文字にしてみようと思ったわけです。

そもそもの原因は、わたしの入学審査書類(志望動機など)が日仏翻訳課程の担当教授の目を通らず合格通知がでてしまっていたということでした。フランスにつき授業が始まり、担当の教授のところへいくと、わたしと他のフランス人の学生と明らかに態度が違いました。

自分が正式な手続きを経て入学したということを伝えても、「君が何でここにいるかわからない、選考書類さえ見ていないし」というようなことをいわれたり、「フランス人じゃないからどれだけ頑張っても自然な翻訳はできないよ、無駄だよ、今まで誰にも言われなかったの」と言われたり。あなたがいるべきはここじゃないといったことまで言われたりもしました。あげくには翻訳課題の評価にさえ、「まあまあいいけどやっぱり自然な翻訳じゃないね」と書かれたり。正直課題については彼(夫になりました)や友達にチェックしてもらっていたのでフランス語がおかしいということはあり得なかったと思います。

そのうえ日本語翻訳はマイナーなのでこの教授しか修論の担当者がいませんでした。日本での仕事を辞めて、猛勉強してC1もとって、人生かけてフランスにわたってきたのにという想いもあり、1か月は頑張って通っていました。今思えばそのうちにだんだん鬱っぽくなっていたのだと思います。毎回のように心無い言葉をいわれて、このままでは本当に立ち直れなくなってしまうと思いました。それを彼にも相談して大学院に行くのはやめました。

そのあとの一か月はあんまり何をしたか覚えてません。日本に帰るか帰らないか考えたりして、学生課に相談に行ったりもしました。学生課では「いや学生選ぶのその先生じゃないから~その先生が言ってることおかしい」と言われましたが、実際その教授しかいなくて、結局板挟みになるならと思って辞めました。毎日のように泣いていて食欲もなく、ガリガリになってしまいました。

わたしがそんな風に精神が不安定なあいだも今の夫は変わらず支えてくれていて、日本にいる友達もたくさんビデオ電話をくれて励ましてくれました。「自分がフランス人じゃないせいで完璧にできない、生きてる意味ない」と意味不明なロジックで考えてしまうまで追い込まれていましたが(今思うと当たり前だろと思うし、アカハラ教授に憎しみしかありませんけど笑)、素敵なパートナーや友達がいるだけで生きてる意味あるなと思いなおすことができました。

もしかしたらこの記事を読んでいる人のなかにも、理由は違えどつらい思いをしている人がいるかもしれません。あなたを大事にしてくれる人は必ずいます。フランス語ができなくて悩んでいる、留学がつらいひともいるでしょう。留学ひとつ失敗しても人生が失敗したわけではないんです。いまとなってはこう思えるようにまで前向きになりました。もしつらくて、でも家族や友達に話せないという方いたら、この記事のコメントに吐き出してくださってもかまいません。

日本に帰る、フランスに残る、いろいろ考えた末、フランスに残ることにしました。そもそもフランスにきた理由のひとつはパートナーと一緒に暮らすことだったのと、確認したところ学生ビザの期限までは滞在できることが分かったからです。

ただ何もせず、何も得ず過ごすことはしたくないと思い、個人でフランス語話者向けの日本語教育を始めました。生徒さんとの交流は仕事ですが本当に楽しくて充実していて、一度大嫌いになったフランス語もまた大好きになることができました。それから、高校生から70歳のおばあちゃんまで、たくさんの生徒さんとかかわる中で、わたしがやりたいことはこれだ!と気づき、現在は日本でそのビジネスの拡大と通訳案内士の資格の取得に力を入れて取り組んでいます。

通訳案内士を志した理由はいろいろありますが、生徒さんに日本語を教える中で、「日本語ができないせいで、旅行の際に日本を満喫できてないと感じた」という声が多くあったのが一番のモチベーションです。ありきたりですが、日本とフランコフォンの国々の文化の媒介役として活躍できるよう、頑張っていきたいと思っています。

それについてはまた他の記事で今後お伝えできればと思います!

付け加えになりますが、7月に南仏にて結婚しました。この一年は間違いなく私の人生の中で最もつらく、最も幸せな時間でもありました。結婚についてもわたしが外国人ということで一筋縄ではいかず、本当に大変な手続きでした。ですがいろいろな困難を一緒に乗り越えて、夫婦の絆がより深まったと心から感じています。こちらについてはリクエストがありましたら、記事を書いてみようかなと思っています。

ここまで長い記事を読んでくださった読者の方々ありがとうございます。また、1年も放置してしまいすみませんでした。これからは日仏夫婦の日常や私自身の活動についてシェアしていけたらと思っていますので、よろしければ応援していただけたら嬉しいです。

ぽむ



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