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碧玉の足輪

痛苦さえも忘却してゆくからだの奥に湧き出るかなしみの泉も枯れ果てて、望むべくもない健やかな魂を求めて墓地を歩く私に、木陰にわだかまる死者の泣き声が迫る。そのうちの一つにおまえの魂があり、零落したのちに手放した本の一節を墓標にとどめているのも、風になぞられて朽ちてゆく。もはや花を手向ける者もなく、時折置かれる煙草のケースも、雨に打ちひしがれてゆがんでしまう。画家だったおまえが、画題として選んだ生贄、それが私に他ならなかった。裸身に纏うレースの影を描きこむおまえを、私は悦楽にほど遠いところから眺めていた。そのまなざしはついに交わることはなく、虚ろな煙草の香りに満ちた部屋で、私は天にあり、そして時に地よりも深い冥府に突き落とされた。よこされた最後の一本を吸って、その煙のうちに、おまえが犯してきた過ちの数々が立ち上るのを見ていた。授けられた足輪は重く、そこに嵌め込まれた碧玉が呪わしい光を放つ。幾人となく不幸な末路に追いやってきたその宝玉をいただく足輪を、おまえは購って裸婦の足に縫いとめた。女たちの泉の色だ、その碧は。いずれ次の生贄が選ばれ、私はこの岸辺の街の暗がりへと打ち捨てられる。その一角に老女の住まう小さな部屋がある。おまえの所業をすべて見てきた、おまえの母だ。やがて彼女はおまえを訪ね、おまえの描いてきた女たちの絵のうちに、仕上がる間際で途絶えた私の姿を見るだろう。そこに散った血の数々も。老女は深く息をつき、やがて部屋にある絵を束ねて海へと放す。海鳥になった娘たちは高々と空を舞い、足輪はやがて水底へと沈みゆく。

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