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ショートストーリー「魔」の世界にようこそ

午後2~3時は「魔」の時間帯だ。
「魔」というのは睡魔のこと。
ランチ食べてお茶飲んで同僚とおしゃべり。その後、午後のデスクワークを始めて1時間もすると「魔」が近づいてくる。
「そろそろ来るな」と思う時はまだいい。トイレに行ったり、こっそりガム食べたり、眠気を遠ざける行動をすればいいのだから。問題はいつのまにか「魔」に体を乗っ取られてしまった時。眠ったような感覚はある。だから確かに一瞬眠っていたのだろう。
私は目をつぶっていただろうか?
いや、目をつぶった覚えはない。
回りの人の目には、パソコンのモニターを食い入るように見つめ、仕事に集中する姿としてうつっているはずだ。

ある日、パーテーションをはさんで前の席の同僚が突然立って話しかけてきた。
「○○さん、この前の会議で・・・」
名前を呼ばれた瞬間、私は戻ってきた。どこからって、宙に漂っているかのように気持ちよい「睡」の世界から。
戻った瞬間、私の体はびくっと小さく跳ね上がった。すぐに焦点が合わないけど、眠っていたのがばれないように目を見開いて同僚を見ると、彼女も大きく目を見開いている。それは驚きとあきれたような目。
「わっ、びっくりしたあ。白目むいているんだもの」

目をつぶっているところを見られたのなら「考え事していた」とか「頭をスッキリさせたくて瞑想していた」とか言えたのに、白目むいてたって言われたら、それはもう言い返す言葉はない。

毎日「魔」は同じような時間帯にやってきた。「睡」の世界は甘美でとろけるよう心地よさがあり、私はもう逆らうのはやめることにした。その代わり、「睡」の世界に漂っていることがばれないようにある技を習得することができた。寝ながらメモをとっているかのようにペンを動かせるという技だ。回りの人からはこう見えることだろう。左手で頭をおさえ、うつ向いて書類を見ながら考え事をしている、右手に持つペンはなにやらメモを取っている。取り込み中だから話しかけないようにしようと思わせるような姿に。

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