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食卓にちりばめられた母の愛

日常で何気なく口にする「いつものごはん」に、これほど母の愛情がつまっていると気づいたのはいつからだろう。

きっとひとそれぞれだろうけれど、わたしの場合はやっぱり、自分に子どもが生まれて、自分ひとりのためでもなく、夫ひとりのためでもなく、「家族のために」ごはんをつくるようになってからだと思う。

* * *

そんなことを考えたのは今回、夫と娘を連れて実家に1週間近く滞在したからである。

母はべつに、何も言わない。

何も言わないけれど、いまのわたしは、食卓を見るだけで気づけるようになってしまった。

一見地味なように見える「ふつうの献立」のなかには、食卓に座る全メンバーへの気づかいと愛情が、散りばめられていることを。ひと皿ひと皿に、母の愛と気づかいがこめられていることを。

夫の好物だよと言ったら、普段よりも頻繁に、そしてたっぷりと登場する、きゅうりとわかめの酢の物。おそらくいつもならポテトサラダにしただろうポジションに、夫の苦手なマヨネーズを回避したマッシュポテト。

1歳の娘にも食べられるような、やさしい味の煮物や、グリル野菜。なによりいつでも、娘が食べられるメニューを積極的に用意してくれようとするその思考がありがたい。これこうしたら食べられる?とわたしに相談しながら、わざわざ大人用のメニューとは別に用意してくれることも多かった。

父と母、二人暮らしになってからはもうほとんど登場しなくなったという汁物も、わたしが「娘にはあたたかい汁物食べさせたいんだよね」と生意気につぶやいたものだから、それ以降は何も言わなくても味噌汁やスープを用意してくれるようになってしまった。

最大限に孫のことを考えながら、でも大人はそれだけじゃ物足りないだろうからと、味やボリュームのある大人用のおかずも用意してくれる。大人も子どもも、楽しく満足できるごはんを提供しようという気持ちが、献立を見ているだけで伝わってくる。

孫の好物、娘の旦那さまの好物、娘の好物、自分の夫の好物。

全方位にアンテナを張り巡らせて献立を考えるのはひと苦労だと、いまならわかる。

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毎日、毎食の献立を考えつづけることが、どれほど大変か。

考える、という行為は目に見えない。見えないから、当事者以外にはなかなか気づかれない。そうして自分が同じポジションになって、はじめて気づくのだ。

私も子どものころは母の苦労なんてつゆ知らず、母が毎日私たちの健康を考えて提供してくれた食事を、何も考えずにひたすらもりもり食べていた。

その大変さを初めて痛感したのは、子が生まれて離乳食がはじまってからである。

娘の離乳食がスタートしてから、1歳3ヵ月で保育園に預けるまで、わたしの脳内は寝ているとき以外ほぼ常に「娘に何を食べさせるか」というトピックに支配されていた。

当時はよく夫に「毎日、ごはんのことを考えていたら終わるんだよ」と言っていたのだけれど、ほんとうにそうで。いやいやそんな馬鹿な、と思うのだけれど、実際、朝のおやつに何を食べさせよう、お昼ご飯どうしよう、15時のおやつどうしよう、夕ご飯どうしよう、翌日の朝ごはんどうしよう、と考えて、実際に手を動かしてそれをつくっていると、1日が終わるのだ。

食べるという行為は、ひとつひとつの食事は頻繁だからさりげなくスルーされるけれど、蓄積すると健康や命に直結しているからまたあなどれないし、それを提供するというプレッシャーがすごい。

母乳やミルクと並行していたころはまだ栄養が保証されている安心感があったが、成長とともに完全に離乳食だけに移行したとき、ああ、これからは完全に、わたしの手によってつくられた食事がこの子のからだをつくってゆくのだと、その責任を感じてとてもドキドキした。

* * *

「家事には2種類ある。手を動かす家事と、頭を動かす家事。それを互いに理解しないまま分担しようとするから、夫婦間で不満が爆発してケンカになる」という話をだれかから聞いたことがあるけれど。

その点でいえば、献立を考えるのはほんとうに、頭を動かす家事だ。

やっているところは見えないから、感謝もされづらい。

子どものころも、今回の帰省も、もちろんわたしは母の炊事を「手伝って」はいた。でも、献立が決まったうえで野菜を切ったりする「手を動かす」家事は、決まった作業を進めればいいだけだから圧倒的に楽なのだ。その割に、やっているところが見えるから、楽な作業でも感謝されやすい。

子どものころのわたしはたくさん「お手伝い」をした気になっていたけれど、それは文字通り手を動かすだけの「お手伝い」に過ぎなかったのだ。きっと母が日々、一番頭を悩ませてきたであろう献立づくりなど、“目に見えない家事”は、想像すらできていなかったなと、いまは思う。

* * *

母は、やっぱり何も言わない。

何も言わずに、わたしたちの滞在中、いつもより増えた洗濯物を黙々と干して、いつもより考える要素が増えた献立の千本ノックを毎日毎日ひっそりと裏で回して、食材が絶えないように準備し、手も頭もずうっと動かし続ける。

何も言わないから、かつての子供時代のわたしは、当たり前のようにきれいに畳まれた洋服を着て、当たり前のように出てくるごはんをもりもり食べていた。

何も言わないけど、いまのわたしは母としての視点をようやく少しは身につけたから、それが当たり前に起きることじゃなく、母の努力の結果だと知っている。だから言われなくとも食事の準備を手伝ったり、みんなの洗濯をたたんだり、食器を洗ったりする。

するけれど、やっぱり全然到達しないね、母の境地には。母としての経験値の差があるし、もう彼女は祖母としての経験値も獲得しているから。

結局たくさん甘えて、とても楽をさせてもらった。

でもね。

食卓に並んだひと皿ひと皿に、母の愛を読みとってしまえるくらいには、わたしも大人になったから。

食卓につくたび、こんなにもさりげない愛をわたしは毎日、無自覚に20年以上もひたすらもぐもぐ食べつづけて生かされてきたのかと、心の中はうるっとしていたんだよ。

自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。