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現実はSF小説にやすやすと追いつき、そして追い越していく (エッセイ)

「時代小説というのは、もうそれ以上古くならないからいいんですよ。──逆説的ですけどね」
かなり前のこと、とてつもなく弱い江戸化政期の相撲取りを小説に描いたことがある。時代考証に苦労したが、その時、編集者がそう言った。
なるほど、同じ頃に(当時の)現代を描いたコメディーには「ポケベル」なるものが登場するが、今や遠い昔の話になってしまった。

現在がどんどん古くなり、過去へと飛ばされていくのだから、未来だっていつまでも手付かずのままではいられない。

小説を書かなくなってしばらく経ち、私は本職である材料工学系の先生に頼まれ、1999年秋から3年間、業界誌に毎月、一話完結型のSFショートショートを連載することになった。話の中では、エレクトロニック・ショート・サーキット(略称ESC)社という架空の電子機器メーカーが毎回、多くはAIを搭載した新装置を開発し、それによって人びとの生活がかき乱され、近未来のドタバタが繰り広げられる。
会社勤めをしながらの3年間、妄想上のデバイスやビジネスモデルを毎月ひねり出すのは結構たいへんだったが、大学や企業の研究者という、きわめて範囲が狭い読者にはそれなりに「ウケて」いた。
それから20年が経った。その間、新聞記事や技術ニュースなどを目にして、
「あ、これ、ESCの開発品と同じコンセプト(の装置・ビジネスモデル)じゃん!」
とPCの前でひとり叫ぶことがある。
しかも、AIが本格的に市場投入された昨今、その頻度が増した。

例えば、このnoteに再掲したショートショート「ア・タ・シ・が主役」である。

この話を書いている時に、おそらく、かなり早く実現される世界だろうな、と思ってはいた。しかし、今問題になっているような、ディープラーニング(深層学習)を使ったフェイク動画は、まったく想像していなかった。
(なるほど、テレビドラマという一般画像を個人化して楽しむよりも、その逆に個人が作った画像をもとに誰もが知っている有名人に差し替えて一般化するモデルの方が、楽に大きな影響力を行使したり、大きな市場を開拓できるわけだ)
もちろん、ディープフェイクの多くは有名人本人に了解を得ておらず、人権侵害のみならず、政治的経済犯罪的に悪用されるなど、深刻な社会問題になっている。

もうひとつ、例を挙げる。
ショートショート「イタコのITACO」も、割合早く実現できるんだろうな、と漠然とだが想像していた。

それから20年、つい先月のこと、マイクロソフト社が故人の残した画像や音声データ、SNSの投稿、電子メッセージなどの個人情報をもとに、チャットボットを作成する技術について特許を取得したという記事を目にした。こちらも物議を醸しているらしい。

技術革新によって現実は容易にSFに追いつく。そして、合法・非合法を問わず、より大きなビジネスや権力への欲望を追い風に、楽々と抜き去っていく。

ジョージ・オーウェルの「1984」をペーパーバックで読んだのは、ソビエト連邦が崩壊しつつあった1990年代初めだった。
  ──怖い話だ、と思った。
当時の私は、「2001年宇宙の旅」で宇宙船を支配する人工知能、「HAL」が誕生したとされる大学の学生だった。その少し前に崩壊したルーマニアのチャウシェスク独裁体制も、「1984」の徹底した監視・洗脳システムがあれば延命したかもしれない、などと考えた。
そして、多くの人が懸念しているように、この「近未来小説」の内容は、いくつもの技術革新を動員し、具現化されつつある。

ふう。偉大な「1984」とオチャラケSFを並べて論じるな、とお叱りを受けるのは覚悟している。
20年前のショートショートは、連載終了後に文庫大の単行本になったが、その前書きで、ESCの社長なる人物が、「ごあいさつ」と称し、こんなことを書いている:

──我がESC社はあえて、21世紀こそむしろ、「人の心」と「機械・装置」との融合、いや、相互作用しながらもう戻れない道を暗闇に向かって突き進んでいく、行方知れないスパイラルの時代である、と捉えております。すなわち、20世紀型の機械や都市文明が引き起こす、人と人の心の軋轢を解決するための機械や装置を開発すること、そしてさらにその機械や装置が人間関係にもたらす、より深刻な諸問題を解決するためにさらに別の装置を開発すること──これこそ、我がESC社の使命であり、弊社が永遠に利益を上げ続けることができる、ビジネスのスパイラルです。

現実とテクノロジーの関係は、このように糾える縄のごとく絡み合いながらどこまでも進み、深刻な問題が起こった後で大騒ぎの末にようやく、生まれたばかりの「法」が息を切らしながら追いかけていく──そういうものかもしれない。

──追いつけるだろうか

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