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『さよなら未来――エディターズ・クロニクル 2010-2017』デザイナーの本棚 vol.2

本は、最も受け取り手に依存する媒体です。

映像や音楽は自然と目や耳に入っていくのに対し、本は読者が手にとってページをめくらないかぎり内容が伝わりません。
その代わり、読むタイミングも読むペースも、読み手が自由に決めることができます。
そういう意味では、最も能動的な媒体であるとも言えます。
だからこそ、どんな本をどんな風に読むかには、その人の感性や思考のクセが表れます。

『デザイナーの本棚』では、社員たちが持ち回り制で思い入れのある本を紹介。書評を通じてプラスディーで働く人々の人柄を伝えます。第二回を担当するのは、クリエイティブディレクターの山木です。

未来を考えてきた編集者の年代記

「読むタイミングも読むペースも、読み手が自由に決めることができます」と本記事の冒頭に書かれているが、この本もその最たるもの。
『WIRED』日本版の前編集長である若林恵 氏が2010〜2017年に執筆した文章。それが80編も掲載されている。
「テック、カルチャー好きで、その名を知らない人はいない」と言っても過言ではない若林氏。
『WIRED』を発行するCONDÉ NAST JAPANに籍を置いていた身としては、氏が編集長を退任される最後の1年間、フロアは違えど同じ職場であったことは私の小さな自慢である。
ただ、一言もお話したことがないということは付け加えておく。

自分の中に残っている言葉

今回、書籍を紹介するにあたり『さよなら未来』を選んだ理由。それは、「デザインとは何か?」という問いに対して考えを深めるキッカケを与えてくれたからである。前述の通り、この本はエッセイ集。その中から2015年3月の『WIRED』VOL.15「ワイアード・バイ・デザイン」という特集の中の「見えない世界を見る方法」という章にフォーカスしたい。
2015年はUXという言葉が浸透してきた時代である。当時私もプラスディーで「UXディビジョン」という部署(といっても私1人であったが)に所属し、企業向けに公演などもさせていただいた。
UX、もしくはUXDはユーザーの体験をデザインするということなのだが、「人間中心デザイン」(Human Centered Design)というプロセスも必ず一緒に語られる。
私はこれらの考え方や言葉に対して、特に疑問を持つこともなく、考えを深めることもなかった。アホな顔をして講釈を垂れていた自分を赦してほしい。
それを変えたのは、たった1節。
「さんざん人間が地球環境をダメにしておいて、まだ人間中心で考えるべきなのか?」という問い。
これは、コーヒーの中に1滴のミルクを垂らしたように、私の中に溶け込んでいった。

解釈のアップデート

本来の工業規格としての意図と、この言葉が与える印象のギャップへの違和感なのかもしれないし、或いは工業そのものに対する疑問なのかもしれない。
氏はその近代初期のコンセプトは語感が悪いからやめた方がいいと言う。
そこから5年ほど経った2020年。特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構はその定義を改めた。
HCD(Human Centered Design)の考え方と基礎知識体系報告書[https://doc.hcdnet.org/hcdbasic_report.pdf]によると

HCD を、『人間中心デザイン(HCD)とは、モノ・コトに対して「利用者視点」と「共創」によって、「問題の設定(発見)」と「解決策の探求(創造)」を「繰り返すこと」
を中核とした「メソッド(プロセス+手法)」と「マインドセット(心構え・捉え方)」のことである』と再定義した。

と明記されている。これであれば「利用者」が必ずしも人間であるとは言い切れないということになる。
例えば、「猫にとって生活しやすい公園」をデザインしたいときでも「人間中心デザイン」のプロセスは使用できるということだ。
であれば、「ユーザー中心デザイン」(UCD)にすればいいと思うところだ。
このあたりの考えは2017年に黒須正明 氏が同様の考えを述べている。[https://u-site.jp/lecture/the-word-of-hcd
「UCDがHCDよりも前に言葉として存在している」とか、「認知性からのアプローチか操作性からのアプローチかの違い」なんていうことは、正直どうでもいいことだ。
解釈がアップデートされたところで「人間」という言葉自体にその傲慢さを感じてしまうという問題である。それに、その言葉を利用する私たちユーザーのことを考えていないかもしれない。

私の捉え方


インターネットで「デザインとは?」と検索して1番上に表示される検索結果は、公益財団法人日本デザイン振興会のページだ。
そこには
「常にヒトを中心に考え、目的を見出し、その目的を達成する計画を行い実現化する。」この一連のプロセス
と明記されている。
重要なのは「ヒト」がカタカナであるということ。ユーザーや社会など主語になるもののメタファーとしている。
私は「人間中心デザイン」の“人間”も同様のもの。誤解を生みやすいメタファーであると捉えた。

読書の醍醐味

ここまで書いてきて、「私は書評をしているのか?」と我に返った。この駄文こそユーザーのことを考慮していない。実は「フォーカスしたい」なんて述べながら、該当している章はたったの3ページだ。それでも、たった1つの問いだけでここまで遠くに来てしまった。(距離にして1.2mくらいか?)
ふと。この本は何かをデザインしているだろうか?そもそも課題解決を目的としていないからデザインに該当しないのか?いやいや、これこそ「問いのデザイン」だ。少なくとも、この章は批判的思考(クリティカルシンキング)をベースとした、所謂スペキュラティブデザインであると言いたい。
そして、私は言説や仮説に対して「本当にそうなのであろうか?」というスタンスを忘れずに、少しでも自分の言葉で説明できるように在ろうと思う。

さよなら未来――エディターズ・クロニクル 2010-2017
著者:若林 恵
出版:岩波書店 


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