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実家を売って、homeを失った

「家」の定義はなんだろう。「house」ではなく「home」の意味の、「家」。

この間、親がわたしの実家を売った。もう実家には住んでいなかったから親の好きにしたら良いと思ったけれど、引き渡す前のからっぽの家を見て、心にぽっかり穴が空いた。

すっからかんの家の前で、3年前にアメリカ人の友達に言われた言葉を思い出した。「僕にとってのhomeは犬だった。犬が死んでから、実家は何の意味も持たない」。彼はもうほどんど実家に帰っていないらしい。

では、わたしにとっての「home」は何だろう。わたしはペットを飼っていないから、彼の考えをそのままパクらせてもらうことはできなかった。

親の住んでいる場所、ということになるのだろうか。しかし、親の新居は「home」感がなかった。今まで住んでいた家よりずっと綺麗になったけれど、新築の無機質な感じにソワソワした。

わたしは過去11回も引っ越しをしている(このことも別途noteに書こうと思う)。何度住む場所を変えても平気でいられたのは、実家がわたしの「home」として変わらずにずっとそこに存在してくれていたからかもしれない。拠りどころとして、どこか実家を頼っていた。

そんな拠りどころに、生まれ育った建物に、もう二度と足を踏み入れることができないのは寂しい。そしてその寂しさは時間が経っても消えてくれなかった。「home」を失ったわたしは、孤独と喪失感に襲われた。

この心の穴を埋めるには、自分の中でちゃんと終止符を打たないといけない。そう感じたわたしは友達に相談した。すると友達は、前の家を見に行こう、と言った。「きっと新しい家族が生活しているところを見たら、ピザ屋の心も前に進むことができるんじゃない?」

週末、友達が車を出してくれて、わたしたちは前の家へ向かった。18年住んでいた街なのに、家がないというだけで、わたしは「よそ者」に変わった。自転車に乗るのを練習した遊歩道も、母の日に花を買いに行っていた花屋も、思い出の場所というよりも歴史の教科書をみているような感じがした。

車を家の近くに停めた。前に住んでいた人がいきなり訪ねてきたら怖いだろうし、わたしたちは「ただ歩いて前を通り過ぎる」という作戦を立てた。

できるだけ自然に見えるように、わたしたちはわざとらしく世間話をしながら家の前を通り過ぎた。当たり前だが、ベランダには知らない布団が干されていて、駐車場には知らない車が停まっていた。それ以外はわたしが住んでいた時と何も変わらないのに、全く違う建物に思えた。家の中は見えなかった。

車に戻ると、「どうだった?」と友達が聞いた。「ありがとう、来れて良かった」とわたしは答える。正直、家を見ても何の解決にもならなかった。家の前を通った時、心の中で「今までありがとう」と唱えたが、家からの返答は無かった気がした。

その日、親の新居に行った。「実家」という言葉には二つの意味があるらしい。ひとつは自分の生まれ育った家のこと。もうひとつは、(生まれた家でなくても)実父母が暮らす家のこと。ここがわたしの実家になるのだ。わたしはピカピカの新居を見渡して、「お前を実家と呼ぶ筋合いはない」と思った。

前の家に行ったことは、親には黙っておいた。気を遣わせたくないからだ。親は前の家を恋しいと思うことがあるのだろうか。家を売ったことを後悔してほしくなくて、こちらも聞けずにいた。

そうして考え疲れ、ソファに横になった時に、それはやってきた。

これだ。

「home」の感覚。

わたしにとってのhomeは、ソファだったのだ。

20年以上暮らしてきた前の家を出る時、森繁家の歴史に残る大断捨離を行ったが、家具はほとんどそのまま持ってきた。小さい頃からずっとリビングにあったソファが、今もテレビの前に陣取っている。ソファは「おかえり」と言っているようだった。

しかし、その次に(新しい方の)実家に訪れた時に、そのソファは捨てられていた。「せっかく家が新しくなったのに、家具が古いとなんだかね」と親は言った。あんまりである。せっかく「home」を見つけたと思っていたのに、数週間でまた失ってしまった。

どれどれ、と、買い替えた新しいソファに横になる。すると、初めて触れるソファなのに、なぜか「home」を感じた。そして分かった。わたしにとって「home」とは、「横になれるソファがあるところ」なのだ。

友達の家のソファには、気が引けて横になれない。それから、ホテルのソファもだめだ。わたしは潔癖症ではないのだが、ホテルのソファだけは、なんだか不衛生な気がして寝っ転がれない。

どんなソファでも良い。横になれるソファがあるところ。それがわたしを安心させてくれる場所であり、「home」なのだ。

夫とわたしは家具付きのマンションに住んでいるが、会社からの補助が切れる2年後には出ないといけない。帰宅して、開口一番わたしは夫に言った。「新しい家に住んだら、長いソファは絶対に買いたい」。

いいよー、とのんびりした返事を聞きながら、わたしはソファに横になった。これからは、わたしが自分の拠りどころを築いていくんだ。

ただいま。


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