憧れに照らされて
息苦しいのが苦手だ。実際の空気と関係なく、そう感じてしまうとじわじわ窒息していくような心地になる。窓のない部屋、人混み、暑く蒸した空気。どれもが僕を消耗させる。
だから、興味はあってもライブというものに行ったことがなかった。それこそ、本当に息ができなくなる気がして。
初めてライブに行ったのは地元のカフェバーでやる小さなもので、嫁さんに連れられていかれたものだった。それは人混みとは言ってもこじんまりとしていたし、居心地がよかった。
でも、それは小さな箱だったからだと思っていた。
ある日嫁さんに「星野源のライブチケット2人分応募しちゃった」と言われたとき、動揺して嫌な態度をとってしまうほどには、苦手意識が抜けていなかった。幸か不幸か、チケットは見事当選した。
名古屋。人生初のドームライブだ。
そこを埋め尽くすべく集まったファン達。それはもはや人混みを越えて、川と呼ぶにふさわしいほどの人の波であった。
中に入れば、広大な空間に薄い霧の満ちた不思議な世界。
嫁さんと二人、開演を待った。雑音だらけなのに、静かだった。
天井が遥かに高く、席も端のほうだったので、それほど息苦しさを感じることも無かった。ワクワク感が感覚を麻痺させていたのかもしれない。
開演時間を1分過ぎた頃、バックスクリーンが光った。
興奮の導火線に火がついたのを感じる。始まるんだ。
主催会社のCMが流れた後、ドーム中央の丸い舞台にいつのまにか彼は立っていた。
ギター一本を持って、彼は弾き語りをはじめた。知らない曲だったけれど、響き渡る音が火の勢いを強めていく。
静かにそれが終わった後、2曲目が始まった。勢いよく入ってくるバンドの音。数々の照明が祝うように会場を照らす。
ライブの始まりを告げるその曲は「地獄でなぜ悪い」。会場のボルテージは一気に跳ね上がり、僕の興奮も爆発した。
大好きなメロディと演奏が、まさにそこで奏でられている。音楽に乗って、様々な感情が湧いてくる。
いつの間にか涙が流れていた。
これだけの人が彼に注目していて、彼とそのバンドがこれだけ盛り上げられる事実が、激しく僕の心を揺さぶった。
僕は小さな頃絵を描くことが好きで、大きくなってからは書くことが好きだった。そして、いつでも好きだったのは歌うことだった。
輝いて見えたのは照明のせいだけじゃない。憧れが、そこにあった。
純粋な憧れって世にどれだけあるだろう。
その時感じた感情には、確かに嫉妬が含まれていた。
僕なんかがそんな風に思うのはおかしい。彼と僕では積み上げてきた努力が違う。でも、込み上げてくるものは止められない。
「アイデア」の演奏が始まったとき、喉の奥が涙で唸った。
去年の6月。僕がnoteを書き始めたのは、星野源がきっかけだった。
彼のエッセイを読んで「面白いなぁ。僕もなにか書きたいなぁ。」と思ったのがはじまりだった。
だから、少しだけれど人となりを知っている。彼はだらしなくて、わりとスケベで、凡才だ。
文章も、音楽も、どちらも圧倒的な才能は持っていない。
それでもただ音楽が好きで、楽しくて、苦しくて苦しくて、やっぱり好きで。そんな楽しい地獄を生きてきて、とうとう「アイデア」が産まれた。
彼のやってきたこと、やりたかったことが、見事に融合した曲なんだろうと、聞くほどに感じた。
その曲がこんなに世間に浸透して、今、4万人の前で歌っているのだ。
羨ましかった。恥を承知で言えば、作品を作る一人の人間として、歌うことが大好きな一人の人間として、なぜ僕はあそこに立っていないんだろうと思った。
だけど、音楽は気持ちを踊らせていく。体はリズムを刻み、顔は自然と笑顔になる。
ドーム内の4万人が高揚している。嬉しく揺れる心と、嫉妬に震える心が、演奏と共に走り抜けていく。
あぁ、これがエンターテイメントか。ひしひしとそう感じた。
これだけの人がいなければ、これは成り立たない。一人一人の様々な想いと共に、感動と興奮が会場を満たすんだ。
アンコールの後、最高と言えるほど素晴らしい締めくくりでライブは幕を下ろした。
僕の胸には熱が残っていた。灯るような、焦がすような、小さな熱が。
そのうちに冷めていくかもしれない。けれど、僕は知ってしまった。
彼がまたツアーをすることがあれば、今度は僕から嫁さんを誘うだろう。そしてまたあの場所へ行くんだ。憧れに照らされに。
僕をサポートすると宝クジがあたります。あと運命の人に会えるし、さらに肌も綺麗になります。ここだけの話、ダイエット効果もあります。 100円で1キロ痩せます。あとは内緒です。