#片親疎外
39. ママのお人形遊び
俊平くんは、再会してからいつも、毎週のように電話をくれた。放っておくと私が自殺してしまいそうで心配だったのかもしれない。
当時、私の頭の中には「裁判に負けたら死のう。」という言葉が浮かんでは消えていた。
そうする事でしかこの苦しい現実から逃れられる方法はないと思っていたし、魂になったら可奈に会いに行ける、可奈はまだ子どもだから気付いてくれるかもしれない、と考えていた。
真実はいつか、夏生に伝
35. 「片親疎外」という児童虐待
まるで嫌がらせのように、追加の書面が調停直前に届いた。書面は1回の調停につき何回出してもいい事を私は初めて知った。
次の調停は週明けなので、反論書類を書いている時間は浜田先生が休みの週末しかなかった。
戦略的に札を出す・・まるで、勝つか負けるかのゲームをしている様だ。
家裁で話し合うことは親権と監護権であり、係争なのだけど、今後の可奈の人生に大きく関わるものであり、取り合いをするゲームではない筈