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「毎日痛いのは生きている証拠?」 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2023年3月号

随分前にかなり年上の方のホームパーティーに行った時に主催者が仲間に冗談を飛ばしていました。「60歳を過ぎて、朝起きて身体のどこも痛くなかったらそれは死んでいたから」。当時はワハハと聞いていたのですが、さて実際60歳になってみるといささか冗談でもないことがわかりました。毎朝起きて気をつけて観察してみると、本当にどこかが痛いのです。このコラムの24人の読者様の内でも還暦以上の方もおられると思いますので、どうでしょう?そうなりますか?

「痛みとは?」を調べてみると意外にはっきりした定義がないのです。大体「身体に感じる不快感」といったような説明で、あまりにも生命と連結しているので誰でもわかるからなのでしょう。事実、生まれて来て直後の感覚が痛みですよね(だから泣く)。痛みは身体の異変の表現であると言えます。自身の異常を痛みとして感じることで危険を察知し回避でき、生命の維持に最も重要な感覚とも言えます。そう言った意味では、一番無視しにくい感覚ですので、何らかの加減で痛みが慢性になると、毎日の中で大変比重が高くなり、生活に支障をきたします。難しく言うと、「疼痛は認知処理に大きな負荷をかけることにより、注意、記憶、集中、思考など複数の認知領域を障害する」になります。

医学的に痛みは「疼痛」と呼ばれ、次の大きな分類があります。

侵害受容性疼痛:いわゆる怪我など、身体の組織に損傷がおこった時に感じる痛みです。一般的に急性の痛みのほとんどがこの種類であり、生命の危険がある場合もこのタイプが多い。急性疼痛は通常明らかに組織損傷があり、損傷が起こった部位にある痛覚メカニズム(痛覚受容器と呼ばれます)が感覚神経を活性化させます。この信号が脳に届き、痛みと感じるのです。侵害受容性疼痛も大きく分けて体性痛と内臓痛に分けられます。どちらも痛覚受容器が痛みのプロセスを始めるのですが、体性神経(皮膚、筋肉、靱帯、骨膜、関節など)のほうが痛みの場所がわかりやすい(限局的)です。内臓痛は場所が不明確になることが多く、深部でのボワアっとした痛みがそれにあたります。

神経障害性疼痛:名称の如く、神経そのものの損傷や機能障害のため発生します。末梢神経または中枢神経のどちらにでも起こる痛みです。わかりやすいのが椎間板ヘルニアなどで神経圧迫した痛みですね。中枢性神経障害性疼痛は複雑でさらに分類され、機序が不明な部分も多いです。例えば「幻肢痛」と呼ばれる切断された身体部位が痛むと言うのがあります。

心因性疼痛:上記2種類の疼痛は解剖学的や生理学的に損傷や障害が発見できますが、原因不明な場合は心因性と診断されます。典型的なモノでは心気症の様な身体症状症の痛みがそれにあたります。近年増えていたのが線維筋痛症ですが、最近多いのが新型コロナの後遺症の疼痛があげられます。

疼痛は外傷など急性で明らかな損傷の場合は原因判明と治療もやりやすいのですが、慢性になると大概上記の3分類が混ざりあい、複雑で治療困難な疾患に移行しやすい状況です。単純に1分類だけはまずないといってもよいので、「疼痛症候群」と呼ばれる様になります。さらに前述の「認知領域を障害」といった所も多々ありますので、心因的要因も混ざってくるのです。例えば慢性腰痛で考えると、痛んだ部位の侵害受容性疼痛と腰の神経の損傷の神経障害性疼痛の両方が認められますね。さらにその腰痛のため、社会活動に支障が出たりするとストレスになり心因性要素も加わり、疼痛の度合いがひどくなります。

『このひとりごとの出だしの「毎日痛い」とは慢性疼痛(註1)のことを言っているのではないぞ。加齢であちこち傷み、腕だの、脚だの、筋肉だの、関節だのが痛い話です。他にちょっとした頭痛だったり、歯痛だったり、咽頭痛だったり、腹痛だったりが日替わりで現れる…ただし、「いつもと違う痛み」や「ずっと同じ場所の痛みが徐々に強くなっている」などは重要な身体の異変である可能性があるので、「いつものことだから」と過小評価しないほうが良いと言える』

ではどんな痛みが評価されるべきか?と疑問がでると思われるので、次に主な症状をリストアップします。これらがあれば、即救急受診です。これらでなくても、疑問に思うようであれば、かかりつけ医で良いので必ず医者に相談すること!

経験したことのない痛み、身体を折り曲げるような痛み、意識が朦朧とする痛み、呂律が回らない痛み、身体の動きが変な痛み:

  • 頭(脳血管障害、急性緑内障発作、頭蓋骨内腫瘍など)

  • 胸(心筋梗塞、肺血管梗塞など)

  • 急性腹症(内臓捻転、腸閉塞、胆嚢痛、腎結石、膵臓損傷、消化器穿孔、脱肛、虫垂炎など)

  • 四肢、体躯(脳血管障害、帯状疱疹、骨折、脱臼、椎間板ヘルニアなど)

註1:慢性疼痛の定義=急性組織損傷の回復後1か月を超えて持続する痛み、または治癒に至らない病変の痛み、または3か月間を超えて持続もしくは再発する痛み。


秋山 一誠 (あきやまかずせい)
サンパウロで開業(一般内科、漢方内科、疫学専攻)。
この連載に関するお問い合わせ、ご意見は hitorigoto@kazusei.med.br までどうぞ。
診療所のホームページ www.akiyama.med.br では過去の「開業医のひとりごと」を閲覧いただけます。

月刊ピンドラーマ2023年3月号
(写真をクリックすると全編PDFでご覧いただけます)

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