蛯原テトラ

宮崎県在住です。 短編小説やショートショートを書いています。

蛯原テトラ

宮崎県在住です。 短編小説やショートショートを書いています。

マガジン

  • 月鱗のナツキ

    仮です

  • 今夜、星を穿ちに行こう

    星降る夏の夜、僕は幼馴染とナナと一緒に村の夏祭りの縁日へと向かった。それはナナと二人で「やりたいことリスト」に記された最後の一つの項目をクリアする為だった……。淡い初恋と、脈々と受け継がれる命。それらを守り続けるものを描いた青春小説です。

  • 400字小説

    400字で完結するショートショートを纏めています。 すぐ読めるものばかりですので、ちょっとつまみたい時におすすめです。

最近の記事

2024年上半期の活動報告!

南国宮崎の空は鬱陶しい長雨を抜け、梅雨の終わりと夏の到来を感じさせております、どうも、僕です。蛯原テトラです。 気が付けば今年も折り返しを迎え、改めて思い返すと「あれ、俺、この半年なにやってたっけ?」という鋭利な自問に心の隙間がこじ開けられ、その奥底に潜んでいた果てしない虚無がどぅるんと漏れ出そうになるわけです……ああ、おそろしや! 実生活においては、海まで歩いて行ける場所にあるアパートに引っ越したり、三十台後半に足を踏み入れたこともあって軽い運動を始めてみたり、プリン体

    • 蛯原テトラのプロフィール

      蛯原テトラ(えびはらてとら) 宮崎県在住の小説書き。 短編小説を中心に、日々様々なジャンルで執筆中です。 各公募や、小説投稿サイトのエブリスタを中心に活動しています。 年に一度、文学フリマの同人誌即売会に参加しております。 ▼公募受賞歴 ●2022年ジャンプ小説新人賞 銀賞  『女幹部の罪深ひとりごはん』(※エビハラ名義)  ジャンプ小説新人賞2022 最終結果発表|JUMP j BOOKS|集英社 (shueisha.co.jp) ●第1回ちくま800字文学賞 佳作

      • 終末にはコーヒーを ⑥

         白い、部屋だった。  頬を何かが伝っている。  それが涙であると気づくのには、それなりに時間がかかった。  誰かが泣いている。  ああ、なんて情けなくて、愛おしい声。  陽介。私の、恋人。  「……長い、旅行だったね」  かすれた声でそう呟くと、目の前ですすり泣いていた陽介が顔をハッと顔をあげた。  私が知っている頃より、少し年を取ったかな。  それでも、やっぱり泣き虫で情けなくて優しい眼差しは、昔のまま変わらなかった。  「……おかえり、陽介」  身体を、暖かいも

        • 終末にはコーヒーを ⑤

           陽介と初めて会ったのは、叔父さんの喫茶店だった。  私は、病院から一時帰宅を許されて、母さんに教わったメイクで病人面を隠し、アルバイトとして労働に従事していた。  病院ではコーヒーを飲むことはできなかったけど、叔父さんに豆を分けてもらって匂いを嗅いだり、色を見たりして勉強していたから、なんとかその知識で無理なく働くことができた。  陽介がお店にやってきたのはようやく私がそこでの仕事に慣れてきたころだった。  コーヒーのことなんてまるで知らなくて、注文を取っても「ホット」か「

        2024年上半期の活動報告!

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        • 月鱗のナツキ
          0本
        • 今夜、星を穿ちに行こう
          5本
        • 400字小説
          28本

        記事

          終末にはコーヒーを ④

           そうして、僕の願いは驚く程簡単に叶った。  悪魔が大量にあるコロンビアの袋を手にとって二、三度上下に振ると、いつのまにか袋の印字が「キリマンジャロ」に変わっていた。  よくある罠で、印字だけを変えて中身はそのままになっていたりしないかと疑ってみたりもしたが、封を切って香りを嗅げば間違いなくキリマンジャロのそれであり、悪魔の頂上的な力が本物であることを僕は改めて実感させられた。  ブラジルとロブスタについても同様だった。ガサガサと袋を降るだけで、望みの豆が手に入った。  封を

          終末にはコーヒーを ④

          終末にはコーヒーを ③

           そうして、僕の願いは驚く程簡単に叶った。  悪魔が大量にあるコロンビアの袋を手にとって二、三度上下に振ると、いつのまにか袋の印字が「キリマンジャロ」に変わっていた。  よくある罠で、印字だけを変えて中身はそのままになっていたりしないかと疑ってみたりもしたが、封を切って香りを嗅げば間違いなくキリマンジャロのそれであり、悪魔の頂上的な力が本物であることを僕は改めて実感させられた。  ブラジルとロブスタについても同様だった。ガサガサと袋を降るだけで、望みの豆が手に入った。  封を

          終末にはコーヒーを ③

          終末にはコーヒーを ②

           テーブルの両端にコロンビアコーヒーのストレートが入ったカップを置き、着替えのパジャマを着た悪魔と僕は向かい合わせに座った。  カップに口をつけた瞬間、悪魔は顔をしかめて「私に泥水を飲ませるつもりか!」とまた火を噴く勢いで怒り始めた。仕方がないので僕はここに来てから一度も封を切っていなかったミルクとシュガーを二袋ずつ悪魔のために用意した。小さなマグカップの中でそれらをたっぷりと混ぜあわせる。甘くクリーミーになったそれはようやく彼女の口に合ったようで、やっと僕も一息つくことがで

          終末にはコーヒーを ②

          終末にはコーヒーを ①

          「さぁ、望みを請うのだ人間。どんな願いでも、私が叶えてやろう。もちろん、それ相応の対価は頂くがな」  なりに似合わず、悪魔は傲慢不遜にそう言った。  小さな、悪魔だった。  頭髪は蛇のように宙を自由に這いずりまわり、大きな瞳には炎が爛々と燃え、細い体には動物のような毛皮を纏っていた。ベクトル状の尻尾はピンと逆立ち、天を指し示している。毒々しいほどに紅い唇は少女のような顔の造りとアンバランスで、余計に目立って見えた。  僕は驚愕を抱きながらも、不思議と冷静に彼女を見つめていた

          終末にはコーヒーを ①

          今夜、星を穿ちに行こう  あとがき

           今回、アナログ原稿をデータ原稿に起こすにあたって1十年以上昔の冊子を引っ張り出して諸々の加筆修正を行いました。  当時の自分の文章が下手すぎて、よくこれで提出したなーっというのがシンプルな感想でした。  また、今の自分なら絶対に主題にしないテーマだったり、父親の台詞が家父長制どっぷりでエラそうだったりして、この十年で自分の思想も随分と変わったんだなぁとかなり強く実感しました。話の大筋は変えられなかったのですが、セリフや言い回しは可能な限り変にならないように修正しました。

          今夜、星を穿ちに行こう  あとがき

          今夜、星を穿ちに行こう ④

          「明ー、先に行っちゃうよー」  玄関先から千佳子が呼ぶ声が聞こえる。年に一度の夏祭りだ。それに今年は、十五年ぶりに彗星を見ることができる。千佳子は昨日の夜からはしゃいでいた。 「千佳子、気をつけなよ。もう自分一人の体じゃないんだからさ」 「わーかってる!」  数ヶ月前に比べて随分と大きくなったお腹を手で支えながら千佳子は笑う。ちょうど祭りの時期に安定期に入ってくれて本当に良かったと思う。千佳子は十五年前の祭りの時、奉納演舞に出ていた関係で彗星を見ることが出来なかった。だ

          今夜、星を穿ちに行こう ④

          今夜、星を穿ちに行こう ③

           たこ焼きは少し温めの温度になっていたけれど、それでもけっこう美味しかった。知らないというのは幸せな事だと思う。あんな気色の悪い宇宙も化け物を模したたこ焼きを、そう村のみんなはそうとは知らずに食べているのだから。そもそも多くの人があんなものが存在することすら知らないんだ。  隣に座ったナナもパクパクとアカパチたこ焼きを口に運んでいる。どう言う気持ちなんだろう。願掛けみたいなところもあるのだろうか。  あの日父さんから聞いた話はあまりにショッキングで、その細かい部分まで思い出し

          今夜、星を穿ちに行こう ③

          今夜、星を穿ちに行こう ②

           夏祭りの日まであと二週間を切った日の夜だった。村の役員会から帰ってきた父さんについてくるように言われて、僕は村の神社へと向かった。普段は温厚な父さんがその時ばかりは厳しい顔をしていたので、僕は何か大変なお叱りを受けるのではないかと思ってビクビクしながら夜道を歩いた。 「明……おまえ、ナナちゃんが好きか?」 「うん……うん? あっ、え??」  道中、父さんが唐突に放った質問に僕は驚き、つい本音を漏らしてしまった。父親に好きな女の子が誰か、なんて事を知られてしまうなんて恥ず

          今夜、星を穿ちに行こう ②

          今夜、星を穿ちにいこう ①

           遠くから、祭囃子と笑い声が聞こえる。  境内を照らす灯籠の炎が、赤く燃える火の粉を振り撒く。パチパチという音が鳴る。  日頃喧騒とは程遠い僕の村にも、年に一度の夏祭りが行われるこの日には、それなりの賑わいが訪れる。神社の境内には様々な屋台が並んでいる。いか焼き、りんご飴、わたあめにフランクフルト。なけなしの小遣いを叩いて買った出店の食べ物を、僕とナナは両手いっぱいに抱えている。地面に落とさないように気をつけながら歩く。 「明、買い漏らしたものはない?」 「待って、ナナ。ま

          今夜、星を穿ちにいこう ①

          検温ゾンビ

          「ん…33.2」 「うわー、ずいぶん低いっすね。先輩、死んでんじゃないすか?」 「うるさいなぁ。そっちはどうなんだよ」 「32.4っす」 「似たようなもんじゃねえか」 出勤時の検温を義務付けられるようになって、もう数ヶ月がたった。額に近付けるタイプの体温計が事務所の入り口に設置され、従業員は名簿にその日測った体温を記入することになっている。 37.5度を超えていたら、問答無用でその日は欠勤となる。 「うわぁ、見てくださいよこれ。みんな34度以下ですよ」 「事務所寒すぎんじ

          検温ゾンビ

          ハサミの幽霊

          幼い頃はよく祖母に髪を切ってもらった。 その理容室は古くて小さかったけれど、不思議と居心地がよかった。 整髪料と石鹸の香り、節くれた祖母の優しい指、耳の後ろでシャキ、シャキとハサミがたてる音。 その全てが懐かしく、今はもうない。 「ハサミなんて持たせられる訳ないでしょ、もう自分が誰なのかもよくわかってないのに!」 長く続く祖母の介護生活に、母も随分と参っていた。語気も強く言い捨てると、足早に部屋を出ていく。 ボンヤリとした祖母の目には、そんなやりとりも映ってはいない。 おば

          ハサミの幽霊

          縁蛾(ゆかりが)

          闇の中で薄紫色の燐光がひらりひらりと浮遊している。目を凝らすと、それが翅を持つ蟲である事がわかる。 「縁蛾だよ」 何処かから声が聞こえる。 「灯に集まる蛾を火取り虫とも呼ぶだろう。縁蛾は言わば人取り虫、だ。夜になると、生きた人間が残した縁に群がる」 淡い光が集まって闇を照らした。縁蛾が群がっていたのは、ひしゃげたガードレールとそこに供えられた花束だった。 「…次の場所へ行こうか」 学校、商店街、駅、交差点。 縁蛾は様々な場所に揺蕩っていた。より縁が濃いほどに集まる

          縁蛾(ゆかりが)