今夜、星を穿ちに行こう ②

 夏祭りの日まであと二週間を切った日の夜だった。村の役員会から帰ってきた父さんについてくるように言われて、僕は村の神社へと向かった。普段は温厚な父さんがその時ばかりは厳しい顔をしていたので、僕は何か大変なお叱りを受けるのではないかと思ってビクビクしながら夜道を歩いた。

「明……おまえ、ナナちゃんが好きか?」
「うん……うん? あっ、え??」

 道中、父さんが唐突に放った質問に僕は驚き、つい本音を漏らしてしまった。父親に好きな女の子が誰か、なんて事を知られてしまうなんて恥ずかしいどころの話じゃない。僕はアタフタと慌てて、弁明しようとした。

「いや、照れなくてもいいんだ。そうか、そうだよなぁ……」

 父さんはそう言って困ったように頭をかいた。
 神社に着くと入り口のところで神主さんが待っていて、僕達を奥の部屋へと案内してくれた。木造の古い建物だったが、部屋の内部は新しかった。壁際の大きな書棚には学術書のような厚い本が沢山収められている。机の上にはモニターや計器が所狭しと並んでいて、その近くには紙の資料の束が整理されて置いてあった。部屋の中央には巨大な天体望遠鏡が設置してあり、父さんはその近くに腰を下ろした。僕も同じように座ると、父さんは懐から一枚の大きな紙を取り出した。

「これが何を示しているか、わかるか?」

 それは世界地図だった。海域を示す水色の背景に大陸と島々の図が描かれている。地図の上には赤いペンで打たれて印が八つある。その中の一つ、極東の島に印された赤丸の場所に僕らが住む村がある。

「世界地図でしょう?馬鹿にしないでよ、それくらい小学生でも知ってる」
「そうだな、悪かった。じゃあ別の質問にしよう。旧西暦の時代に比べて、今現在こんなにも人口が減ってしまった理由はわかるか?」
 
 この問題は少し難しかった。確かつい先月くらいに歴史の授業でやった筈だ。もしや、この間最悪に出来だった小テストの結果が父さんに伝わったのだろうか。少し不安に思いつつ、僕は答えた。

「……世界的な戦争に加えて大規模な環境破壊が人類の生息区域を狭めたから、じゃなかったかなぁ」
「そう、学校ではそう教わるな。明、ちょっとこちらにおいで」

 突然の歴史問題に無事に正解できた安堵の溜息をもらしつつ、僕は父さんに促されるまま天体望遠鏡の前に立った。少しかがんで接眼レンズに左眼を近付ける。
 望遠レンズが映し出していたのは、二週間後には肉眼で確認できるであろうアカパチ彗星だった。着々とこの星の方に近づいているようだ。八つの赤い星が、つかず離れず群体となって軌跡を描いている。

「なんだ、アカパチ彗星じゃん。わざわざ望遠鏡で見なくても、夏祭りの日になれば自分の目で見られるのに」
 
 接眼レンズから目を離して、僕は笑いながらそう言った。父さんはクスリともせず、真剣な表情で望遠鏡の操作をしていた。どうやら拡大レンズの倍率を操作しているようだった。

「明の言う通り、いま映しているのは間違いなく再来週には地球に接近するアカパチ彗星そのものだ。さぁ、もう一度覗いてみなさい。これがどんなものか目に焼き付けておくんだ」

 有無を言わせず、というような父さんの迫力に少し気圧されつつ、僕は再度望遠鏡を覗き込んだ。
 そこに映り込んでいたのは、あきらかに星ではなかった。
 蠢いている、と表現するのが正しいだろうか。奇怪な虫が何千種と混合したような怖気の走る外観に、爛々と輝く眼球のような紅色の発光体が何十とついている。体の至る所から突き出ている触手は絶え間無く宇宙空間を這いずり、まるで何かを捕食しようとしているようだ。それが八体。紅く輝きながらこちらへと向かってきている。
 僕は、ヒッと小さく声をあげて望遠鏡からのけぞった。傍に立つ父さんに視線を送る。父さんはしばらく項垂れた様子だったが、少しずつ語り始めた。

「戦争や環境破壊はあった。たしかにそれらは人類の数を減らしはしたけれど、それでも人間はまだ世界中でなんとか生存していた。記録に残っている上ではこの小さな島国にも、かつては一億人以上の人間が生きていたらしい。しかし人類は何の前触れもなく突然にその数を減らされた。その原因がアカパチ彗星……いや、その宇宙の化物だった」

 父さんは接眼レンズにカバーをかけ、大きな白い布を望遠鏡に被せた。本棚へと向かい、そこから埃まみれの分厚い本を一冊取り出した。その埃を丁寧に払う。

「それが一体なんなのか、解明は為されていない。異星人の生体兵器であるという説、或いは星から星へと生物を襲い続ける生物であるという説、また或いは我々知的生命体に対する神からの天罰だ、と主張する人もいたらしい。少なくとも確実に判明している事といえば、それが十五年に一度必ず地球にやってくること。決まって我々の暦の上での七月七日に襲撃を始める事。襲撃を始めたら最後、地球も自然も文明もその殆どを喰らい尽くすまで破壊を続けて、毒をも撒き散らすということ。そして人間の力ではヤツらに太刀打ちできない、ということだ」

 冷静に話を進める父さんを前にして、僕はこれ以上なく混乱していた。これまでの人生で一番のパニックだった。ついさっき望遠鏡で見た怪物のヴィジョンが頭の中を駆け巡って、僕の冷静さや判断能力を片っ端から食い尽くしていったみたいだった。

「ち、ちょっと待ってよ。そんなのおかしいよ!だってこの村はもう何百年も前からあるっていうし、父さんも爺ちゃんも実際に生きているじゃないか。こんなの変だよ、僕を騙して驚かせようとしているんでしょう!?」
「……先刻、自分の目で見ただろう。あれが唯一の真実なんだ。父さんにお前を騙そうなんて気持ちは無い。人間の力では太刀打ちできない、だけどそんな状況でも諦めなかった人がいた。その人は世界が滅びゆく中で作り上げたんだ。あれに対抗し得る存在、あれを倒すことの出来る存在……そのためのシステムを」

 そう言うと、父さんは先ほど取り出した一冊の本を開いて僕に見せた。「No.7」と印されているページには膨大な数式と設計図のようなもの、そして一枚の写真が載せられている。
 写真を見て、僕は愕然とした。そこに映っていたのは、服装こそ少し古めかしいものの間違いなく僕の良く見知った人物だった。それはナナだった。僕の幼馴染の少女、その人だった。


つづく

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