ハサミの幽霊

幼い頃はよく祖母に髪を切ってもらった。
その理容室は古くて小さかったけれど、不思議と居心地がよかった。
整髪料と石鹸の香り、節くれた祖母の優しい指、耳の後ろでシャキ、シャキとハサミがたてる音。
その全てが懐かしく、今はもうない。

「ハサミなんて持たせられる訳ないでしょ、もう自分が誰なのかもよくわかってないのに!」
長く続く祖母の介護生活に、母も随分と参っていた。語気も強く言い捨てると、足早に部屋を出ていく。
ボンヤリとした祖母の目には、そんなやりとりも映ってはいない。
おばあちゃん、ゴメンね。そう呟いて祖母のベッドに、学校から持ってきた練習用のマネキンを置く。
少しでも、思い出せてもらえたら。
そんな一心だった。
ふと、祖母の指が動く。
手櫛で髪を梳き、ゆっくりと毛先を整えて、シャキ、シャキ。
指が動く。
当然、その空間には何もないのだけれど。
その瞬間たしかに、私はハサミの音を聞いた。

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