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【感情紀行記】人生に慣れる

 暖かい日差しが差し込み、明るく照らされる部屋を出て、まだ寒さの残る廊下を通る。春になり、朝の寒さも少しずつ和らいできた。

 冬に、新しく家具を新調するため、家具屋さんに出向き、家具を注文した。するとなんとも配送時期が遅く、待っているうちに春になってしまった。今まで愛用していた家具を全て分解し、玄関へと搬出する。数日間のうちに次々と粗大ゴミとして搬送されていく。青春とも言われるような、人生の大事な時期を共に過ごした、夢の詰まった家具たちが玄関でポツンと並ぶその姿は、侘しさと共に、新たな生活の兆しの見えるものであった。この春の陽気とともに新しい生活を始めるのは何度目なのだろうか。街を歩けば、まだ着崩し慣れていない、入社式を終えたばかりの新社会人と、それを先導する先輩たちや、入学式へ向かうであろう親子が街を出歩いている。そんな人々と対照的に映し出される昼に起き、身だしなみもほどほどにしか整えていない自分の散歩姿。学生の長すぎる春休みも、もう三度目である。あれほど苦労した一年目の履修登録も、お手のものである。何度かの失敗を経て、その日の気温にあった服装を着ることもできるようになったし、夜が寒いだろうからと何か一枚持っていくこともできるようになった。衣替えの季節もスムーズに行えるようになった。花粉がひどくなりそうならばマスクをし、ティッシュを持ち歩くこともするようになった。風邪の予感がしたら早めに薬を飲み、自分の風邪がどこから始まり、どのようなものが身体に合うかがわかるようになった。風邪すらもコントロールできるようになったのだ。自分の体が、この地球のサイクルに、自分の生活に馴染んできたのだ。人生の運営が小上手になり、今までの失敗を積み重ね、失敗という失敗をしなくなったのだ。

 春休みの終わりがもうすぐそこにきている今、ゆったりとしたこの時間が永遠に続いてほしい、そう願う気持ちもあるが、そろそろ人間らしい生活をしたくなるものである。この春には、家具を全て新調し、住環境を整えただけではなく、食環境も少しだけ変えることができた。最近、コンビニで売られるようになったスムージーに着想を得て、自分でスムージーを作るようになったし、いちごのジャムやソースを作って食べるようになった。ニュージーランドのクッキングの時間に学んだスコーン作りも、作り方が上手くなり、さらに美味しいものを作れるようになった。自分の時間と向き合い、丁寧に料理をし、それを大切に食べていく生活には、再び日常が始まれば少しの間お別れしなければならない。

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