036_夢という汚染
今回の記事は「033_あなたがあなたである必要はない」の続きになります。
オフィスの片隅の応接室。
テーブルの上の辞表を見つめるチームリーダーの男性。その隣にサブリーダーの女性。テーブルを挟んで入社数カ月の女子社員。
徐に、リーダーが口を開く。「退職して、どうするつもり?」
「はい」女子社員は一瞬唇を噛んでから、明瞭な発声で答えた。「大学に入り直して、TOEICにチャレンジします」
サブリーダーは、リーダーの横顔をチラ見してから言った。
「あなた、エントリーシートに書いてあったTOEICが確か850点ぐらいだったよね?」
「はい、でもそれは本当の点数じゃないと思うんです。途中なんです」
リーダーはサブリーダーと顔を見合わせた。
「本当の点数とか、途中とかって、ちょっと意味が分からないんだけど」
「…ですから、それは私の本当の点数じゃないと思うんです。頑張れば、もっと取れたはずなんです」
「つまりは、もっと勉強して高得点を目指すという事だよね」
「はい」
「うちの会社で働きながら勉強するという事は考えないの?」
「それだとベストを目指せないと思うんです。ベストでなければ本当の私じゃないと思うんです」
「今度は、本当の私か…」(苦笑するところをサブリーダーが肘で突く)
「で、それからどうするの? 英語を生かした転職をするわけ?」
「はい」女子社員はぱっと明るい表情になった「とにかく夢を実現したいんです」
リーダーが吹き出しそうになるのを、サブリーダーの肘攻撃が襲う。
* *
私が、この時のリーダーの飲み込んだ言葉を再現するとこうなりますね。
「あのな、英語を生かした仕事ってTOEICの点数だけで実現するわけじゃないぜ。そんなのは夢でも何でもなく、単に現実が見えてないだけだよ。帰国子女ならTOEICの高得点はゴロゴロいるし、英語圏からの外国人もいるんだぜ。自分らしくだの夢だのと言っている暇があったら、うちの会社に少しは貢献する事を考えろよ」
もちろん、そんな言葉は「私の夢を実現したい女子」には通用しません。
極めて短期間で辞めた新卒高学歴の、特に女子社員は「英語」「資格」「プログラミング」の勉強が好きで、大学に戻る(大学院も)のも好きなようです。
しかし資格が実現したとしても数年後、実務経験がないので単に遅れて社会のスタートラインに着く事になり、それが場合によっては変なコンプレックスを植え付けることになります。そうして転職を繰り返して「半端な非正規雇用」になってしまうケースを考えないのでしょうか。
ここで言う夢の正体って何なのでしょう? まさか小中学校の校長先生の訓話が刷り込まれたわけではないでしょうね?
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