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こてつ
2023年3月23日 20:49
「別に浮かれてるわけやないから」 横にいる者の目も見ずに、弁解の言を垂れたのはケサランである。しばらく二人は黙ってじっとしていたのだが、しんとした場に期待を込めるようにして冒頭の言葉が呟かれたのだった。もちろんこの期待はたいへん危ういもので、なぜなら、ケサランのほうでは不本意を正したい一心で言ったのではなく、沈黙がどうにもたまらなかったので、ほんの何かの進展をと、しんとした水面に小石を投じてみ
2022年12月18日 08:11
「ねぇ、青い猫型ロボットぉ、退屈だよぉ、なんか面白いモノ出してよぉ」「なんや、しゃあないなお前はいっつも。暇やったらちょっとは勉強したらどやねん。お前の友達のあの子、よう勉強出来る子おったやろ、あの勉強出来過ぎる子や。ちょっとは見習わんかい。風呂場の女の子覗いてばっかりしてんと。そうゆうのヘンタイゆうんや。あーあ、ほんまに。しゃーない、もう今日だけやからな。最後やぞ。(テレレレッテレー)日雇い
2022年12月17日 23:06
既に女はそこにいた。男がいつ来たのかと聞くと、ややあってから目も上げず六時頃だと言う。それから今までざっと三時間、女は次々にリトマス試験紙を細く筒状に丸めている。傍らには完成した山と役目を終えた山があった。男は女に訊いた。「何度目だ?」「次が五回目です」「度で訊いたのだから、度で答えたまえ」「次が五度目です」「よろしい」 女は手を止め、顔に逡巡の色を湛えている。「この状況で『次が五
2022年12月16日 08:13
西の空に充満した黒雲がどんどん迫ってきて、じきにここも雷雨にやられると職人たちは口々に言い、その声に休息への宿望が滲んでいた。作業の手を止め、資材をシートで覆い、彼らは充てがわれたプレハブの詰所へと潜り込んだ。忽ち雷霆が頭上で轟いた。ぐっと身を屈める大男の隣で、茶を手にしてぽかんと天井を見上げる小男の取り合わせ。簡易な造りがびりびりと震えたかと思うと、間をおかずにピカッと光って
2022年12月1日 11:49
季節は夏が終わり、秋に差しかかった頃だったので、急な激しい夕立に降り籠められたのには妙な気がした。ちょっと用向きがあったので、億劫に思いながらも立ち上がった。玄関の軒下で蝙蝠傘の縛りを解くと、畳まれていた襞がぱらぱらとこぼれたが、その間から毛玉のようなものが落下した。靴の横で仰向けに転がっている。それは片手で覆ってしまえるほどの小動物だった。胴を覆う毛の色は灰を被った黄色をしていて、しかし四肢に