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【おはなし】 トーメイさん

ふつか酔いで午前の貴重な時間をベッドの上でダラダラと過ごしてしまった僕は、そろそろ起きることにした。

お腹はすいてないから簡単に掃除でもしようと思い書斎のドアを開けると、床に写真が散らばっているのが見えた。

「写真なんて最近撮った記憶がないんだけど」

床に散らばっている写真は、なぜかパズルみたいに切り裂かれている。

「もしかして、トーメイさんが来てたのかな」

パズルを組み合わせるように写真の断片を拾い集めていくと、学生時代の友人が白いタキシードを着て綺麗な女性を抱き抱えて微笑んでいる。

「あー、また結婚のお知らせか」

自慢したいのか、むやみにマウントを取りたいのかわからないけど、最近この手の写真が僕の家に届くことが多くなってきた。

「結婚・・・。うん、ケッコーなことですね」

うらやましいと思う気持ちを無理やり明るい方向へ捻じ曲げた僕は、完成しかけた写真のパズルをゴミ箱に捨てた。

「トーメイさんが来たら困るから」

完成した写真のパズルをセロハンテープでくっつけ、アルバムの中に保管でもしたら、トーメイさんがまたやってくるかもしれない。僕はちょっぴりもったいない気持ちを抑えつつゴミ箱から視線を外した。

書斎に散らかっている読みかけの本を本棚に戻し、テーブルの上に置きっぱなしのコーヒーが入っていたマグカップを手に持つと、台所に運ぶために僕は書斎を後にした。

流し台にマグカップを置き水道の蛇口をひねって水を張る。茶色く浮き上がってきた汚れの中に赤黒い小さなカタマリが見えるぞ。

「そんなに怒ってたんだ・・・」

マグカップの中に血痕が付着するほど昨夜のトーメイさんは怒りの感情に支配されていたのか。

冷蔵庫を開けてポテトサラダとオレンジジュースを取り出す。食パンを1枚トースターに乗せてボタンを押す。ラジオのスイッチを入れた僕は、あたりさわりのない音楽をBGMとしてぼんやりと聞きながらパンが焼きあがるのを待つことにした。

チーン

しばらくすると、トースターの扉が開くのと同時に食パンが勢いよく飛び出してきた。僕は白くて丸いお皿を準備するのを忘れて出遅れてしまう。だけど、食パンは僕のことなんておかまいなしにテーブルの上に向かって飛んでいく。

「まって・・・」

僕が声を出すよりも早くポテトサラダが食パンの補給体制に入るのが見えた。それと同時にオレンジジュースが公式記録員みたいに着地の瞬間に立ち会っているのも見えた。

トースターから飛び出た食パンは、冷蔵庫よりも高い位置まで身体を浮かし、椅子を越え、食卓も超えて、テレビの前に置いてあるコタツの上に着地した。

着地点を見誤ったポテトサラダは食パンに追いつくと、自らの身体を焼きたてのパンの上に薄く伸ばした。

コップのフチからポタポタと雫をこぼしながら最後に追いついたオレンジジュースは、今までにない大ジャンプの飛距離をコタツの上に記録した。

「あー、これはトーメイさんがめちゃんこ怒るパターンだ」

部屋の中が一瞬で汚れてしまったけど、頭がぼんやりしている僕は特に気にすることもなく、コタツに足を入れてから遅めの朝ごはんを食べ始めた。

サクッ

食パンの食感はふだんよりも香ばしく感じる。

ムニュ

ポテトサラダは食パンの熱を吸収してしっとりしているぞ。

ゴキュッ

オレンジジュースはいつもより酸っぱく・・・。

「いってー!!!」

ジュースを飲み込もうとした瞬間に口の奥に激痛が走った。

「なんだよ。口内炎でもできてたっけ?」

コタツから出た僕は鏡の前に歩いて行くと、口を大きく開けて中の状態を確かめる。

「おやっ?」

口の中を確かめてみると、右奥のほっぺたに濁った紫色の塊が見えた。

「キミは、いつからそこにいるんだい?」

口の中の血痕に話しかけつつ、じょじょに冷静さを取り戻してきた僕は、あたらめて部屋の中を見回していく。

(トースターの扉は開けっぱなし。床にはポテトサラダとオレンジジュースの足跡がくっきりと残っている。コタツの上には、まるでダイイングメッセージのような滴りがあるよねぇ。どうしてこんなことになってるのか、あなた、ワタシにちゃ〜んと説明してくれるのよねぇ?)

「あー、もうすぐ来ちゃうよ」

立ち上がったついでに雑巾を水で濡らして床に付着している汚れを拭き取った僕は、コタツに足を入れてゆっくりと食事をつづけた。

ホントは早く食事を終えてもっと綺麗に部屋を掃除しなくちゃいけないんだけど、そうしないとトーメイさんが暴れ出すから困るんだけど、今日は祝日だしね。

「一度でいいからトーメイさんのお顔を拝見したいのです」

誰もいない空間に向かって飛んでいった僕の声は、なにかに跳ね返って、僕の背中をくすぐりはじめた。




おしまい