【おはなし】 雨としずく
雨降りの火曜日。
昨日ほどではないけれど、電車の中はどんよりとしている。カサをたたんでしずくが他人につかないように気をつけながら、乗客たちは無表情のまま時間だけが景色と共に通り過ぎていく。
そんななか、スイひとりだけはウキウキ気分をこらえるのに必死になっている。
駅に到着して扉が開くと、ちいさな女の子がお母さんと手を繋いで乗ってきた。女の子はスイを見つけると興味を示した。
スイは長靴を履いている。大人になっても黄色い長靴を恥ずかしげもなく履いている。
「だって、晴れの日には長靴が履けないでしょ」とスイは胸を張って答えるだろう。
ちいさな女の子も長靴を履いている。黄色かピンク、どちらを履いて行こうか玄関でじっくりと迷ったのちに、ピンクを選んで履いてきた。
「あのおねえちゃん、きいろなんだ」
自分も黄色にしとけばよかったかも・・・と、女の子の心にちょっとだけ迷いが生まれた。
スイはなぜか雨降りの日が好きだ。
「だって、長靴を履けるでしょ、カサをさせるでしょ」
「でも服が濡れるのは嫌でしょ?」
「ん~、そうでもないかも」
スイは配達のお兄さんと軽くおしゃべりをしている。お兄さんが持ってきてくれた中に商品が入っているダンボールを数え、受け取り伝票にサインをしながらのおしゃべりタイム。
「僕は外回りの仕事なので。濡れる時はガッツリと濡れるのが嫌なんですよ」
「配達をしているひとたちって、カサをさしているイメージがないですよね」
「もちろんカサも差しますよ。荷物を濡らさないことが最優先ですから。でも、ここみたいに地下の大きな駐車場がある場所はささないですし、さすとしてもなるべくお届け先の近くに車を停めるのでほとんど濡れないんですよ」
「なるほど。長靴を履いている配達のひとも見かけないですよね」
「靴はある程度、個人の裁量の範疇ですが、僕たち男性スタッフはだいたいがスニーカーですね」
「女性ドライバーもたまに見かけるようになりましたよね」
「ええ、うちにもいますよ。彼女はもしかしたら長靴を履いているかもしれません」
「覚えてないんだ」
「そう・・・ですね」
「ふ〜ん。もしよかったら、新生活のイベントが終わると雨の日のイベントがはじまるんです。長靴も店頭に並べるんで見にきてくださいね。あっ、男性サイズも発注しなくっちゃ」
「雨の日が楽しくなるイベントって素敵ですよね。はい、楽しみにしています」
配達のお兄さんはスイが差し出した受領書を上着のポケットに入れると、帽子を脱いでペコリと頭を下げてから次の配達場所へと向かっていった。
「ん〜、あの帽子、シャキーンと広がってカサになると便利かも」
この時代には売ってない商品だけど、いつかどこかの時代では、お店で買えるようになっているかもしれない。
おしまい