短編小説「モナ・リザ」(remake version)
わたしは、大工のひとり息子として生まれた。けっこう力仕事が多いから、両親はわたしを「レオ」と名付けた。ゆくゆくは大工として、獅子奮迅の活躍をすることを期待したのだろう。けれども、わたしは、両親の期待に反して、病弱だった。どうやら力仕事には向いていないようだ。しかし、その代わり、わたしには特技があった。
その特技とは、目の前に現れるものすべてを、正確に描写すること。父はどちらかというと、体力に自信があったが、状況を言語化して説明することは苦手だった。だから、役割分担としては、これでよかったのだと思う。
わたしが成人になった頃、疫病が流行した。そして、父親と母親が感染し、あっけなく相次いで亡くなってしまった。家の外に出る機会が少なかったわたしは、さいわい疫病に感染することはなかった。皮肉なものである。体力のある両親が亡くなり、病弱なわたしが生き残るとは。
両親が亡くなってから数年後、わたしは真理亜と結ばれた。自分でも、そして、おそらく真理亜にも、何故わたしたちが結婚したのか、はっきりした理由はわからない。彼女には、まったく喜怒哀楽がなかった。
ただ、彼女がそつなく雑用をこなしてくれるのが、わたしには都合がよかっただけである。
やがて、わたしと真理亜との間に、男の子が生まれた。彼女が抱いても、わたしが抱いても、息子は泣くことも笑うこともなかった。いつもどこか遠くを眺めているようだった。ちゃんと目が見えているのだろうか?
わたしは心配になった。いつになっても笑わない息子のことを心配し続けた。
そんなある日、わたしの目の前に、ひとりの女神がフーッとわたしの前に現れた。
「あなたはレオですね」と目の前に現れた女神が言った。いま、思い返してみると不思議なことだ。そもそも、わたしは、目の前に突如現れた女性を何故「女神」だと直感したのか?理由はわからない。ただ、今までみたことがないような、神々しい満面の笑みだった。
目の前で起こった、突然の女神の登場に驚きながらも、わたしは尋ねた。
「女神さま、お名前をお教えください」
「わたしは、不幸を幸福に変える女神、モナ神というものです。レオ。あなたの息子に感情を与えるべく、天界からやってきました」
すると不思議なことが起こった。我が赤子が突如、泣きはじめたではないか!
しかし、モナ神に礼を言おうと顔をあげたとき、すでに女神は姿を消していた。
それからしばらくの間、我が息子はずっと泣き続けた。真理亜は、相変わらず無表情のままだった。しかし、わたしに隠れて、真理亜が夜ひとりで泣いているのを、何度か目撃するようになった。
何の反応もないよりは、泣くほうがいい。ずっと幸福なのかもしれない。しかし、ずっと泣きつづけていられると、わたしは、気が滅入ってきた。
そんな日がつづいた頃、またしても、わたしの目の前に女神が現れた。どうやら、前に現れたモナ神とは、別の女神のようだった。
「あなたはレオですね」
今回は、わたしは驚かなかった。冷静に新たな女神に尋ねた。
「女神様のお名前をお教えください」
すると女神は泣きながら、こう言った。
「かわいそうな男の子。わたしは、悲しみを司るリザというものです。あなたの息子の涙を、私が引き受けましょう。きっと満面の笑顔になるでしょう」
すると、また不思議なことが起こった。息子が泣き止み、声をあげて笑いはじめたのである。礼を言おうと顔をあげたとき、すでに目の前にリザ神はいなかった。
それから、また、ひとしきりの時が流れた。依然として、我が息子は笑いつづけている。わたしは、言い知れぬ恐怖を感じはじめた。
真理亜の様子もおかしくなってきた。わたしに隠れて、夜な夜な隠れて笑っている。なにか嫌な予感を、わたしは持ちはじめた。
わたしの予感は的中した。真理亜が息子の首をしめて、殺害してしまったのである。無表情でありながらも、呆然とする真理亜がそこにいた。
「なんてことをしてしまったんだ!」とわたしは怒鳴った。
すると、またしても、女神が現れた。
モナ神とリザ神。今回は、二神同時に現れた。
「レオ、真理亜を責めてはなりませんよ」
どちらの女神の声かはわからなかった。しかし、次の瞬間、驚くべきことに、息子の亡骸が消えていた。そして、モナ神とリザ神が、なにも言わずに、真理亜の体内に入っていくのを、わたしは確かに目撃した。わたしは真理亜の顔を見つめた。
真理亜は、笑っているとも、泣いているとも言えないような、微かな笑みを浮かべていた。これほど魅力的な「微笑み」をわたしは見たことがなかった。
わたしは一心不乱に筆を動かした。そして、一枚の絵が完成した。
わたしはその絵に「モナ・リザ」と名付けた。
「モナ・リザ」[完]
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