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公共の福祉増進法

 ご存知の通り、先日、長い審議の末、「公共の福祉増進法」が国会で可決された。憲法上の問題が多いのではないか?という野党の強い反発にもかかわらず、与党によって強行採決された。施行日は2030年4月1日

 この法律は、逼迫した財政の健全化が目的だった。毎年膨らみつづける医療費・社会保障費を抑制するにはこれしかない!、という苦肉の策だった。

 公共の福祉増進法は、50歳以上の国民(および不治の病を持つ者)を主な対象としている。
 「もう生きていくのはイヤだ!」と思った50歳以上の日本国民は、自らの命と引き換えに「死ぬ権利」が認められる。
 
 死を選択し、四親等以内の者(あるいは本人より20歳以上年下の第三者)を指定すれば、指定された者は、これから死ぬ者の年金を受けとることができる。死を選択する時期が早ければ早いほど、指定された者が受け取ることができる年金額(遺族特別年金交付金)は満額支給に近くなる仕組みになっている。

 この法律に従い死を選択した者は、個別の墓を設けることはできないが、国によって火葬されたあと、その遺骨は沖ノ鳥島近海の排他的経済水域に埋葬されることになっている。どのくらい死を望む者がいるのか今のところ未知数ではあるが、膨らむ社会保障費は大幅に縮小するだろうと考える学者の説が有力である。実際に、公聴会において、公共の福祉増進法に反対した有識者でさえ、この法律が社会保障費を抑制する効果があることについて、反論することはなかった。


「いや~、えらい法律が可決されましたねぇ。50歳を過ぎたら、国家財政健全化のために、国が国民に『死ね!』と言っているようなものですからね」

「そういう言い方はないでしょう?国家財政が破綻すれば、いずれにしろ国民は生存できませんから。『公共の福祉増進法』は、後世の歴史家によって、かつてない国会の英断だったと語り継がれることになるでしょう」

「カネのために死を迫る法律が英断とは何事ですか?あんた、頭おかしいよ。人一人の命より、カネが大切だとおっしゃっるのですか?」

「綺麗事はやめましょう。生きていくのが嫌になったヤツなど、死ねばいいんですよ。指定された『年金相続人』はハッピーになります。葬儀代もうきますし、遺産も受け取れる。死にたい人の意思も尊重される。誰も損する人はいません。みんなハッピー。それでいいじゃありませんか?」

朝を超えて昼まで生テレビ』(昼ナマ、夕陽テレビ🌇)をはじめとする討論番組では、『公共の福祉増進法』が可決されてから毎日のように激論が交わされた。


 国民世論を二分する法律だが、衆議院選挙も参議院選挙も遠い今が、与党にとっては「公共の福祉増進法」を可決するベストなタイミングだったのかもしれない。

 ИНКによって緊急世論調査が行われた。
 「大いに賛成」が10%、「どちらかと言えば賛成」が20%、「大いに反対」が30%、「どちらかと言えば反対」が10%、「分からない」が30%という結果だった。
 詳細な分析結果によると、「分からない」と答えた人の大半が賛成寄りの意見だったらしい。また、「どちらかと言えば反対」と答えた多くの人も、心情的には賛成らしい。

 各国の反応は様々だったが、安楽死が認められている国においては、おおむね好意的な反応だった。内政不干渉の原則があるから、主要民主主義国家からの激しい内政干渉はなかったが、国際的な人権団体の多くから、日本政府に数多くの抗議文が寄せられた。


 「沖田総理!、総総分離をちらつかせながら、念願が成就できましたね」

 首相官邸の執務室で、森官房長官が呟いた。

「まったくだ。国民の多くは、表立って賛成しなくても、みな『公共の福祉増進法』を期待していたからねぇ。私はもうやることをやったから、次期総裁選には出馬しないよ。支持率も持ち直したから、総理の座は君に禅譲する。派閥は名目上解散したが、私も君の推薦人集めに協力するよ。岩波や進三郎、幹事長の茂手杉も総裁選へ出馬するだろうが、私が君のことを陰からバックアップするから安心していなさい」


 「公共の福祉増進法」が可決・成立してから一週間後、沖田総理は次期総裁選に出馬しないことを発表した。

「『公共の福祉増進法』はセクシーじゃないねぇ。私はこの法案の採決には、加わりませんでした。この法案通過の前に我が党がなすべきことは、憲法改正だったという持論があるからです。おそらく、賛成する人は賛成であり、反対する人は反対するのだと思います。私は、正式な出馬宣言をした暁には、きっと不出馬宣言はしないでしょう」
 大泉進三郎は多くの記者たちを前に、微笑みながら誇らしげに答えた。


…おわり


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