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短編小説 | 古代妄想

(1)発端

 今この地は内陸にある。遠いとおい昔は、どうやら大河の汽水域だったようだ。今では、ここは、知るひとぞ知る桜の名所になっている。

 地元では有名な企業が、近頃の不況の煽りで倒産した。その撤収作業をしているときに、その企業の工場裏の露頭から、貝塚が発見された。これだけ大量のハマグリやらアサリやらが発見されたのは、全国的にも珍しいことであった。

 私はE大学の古代史専攻の研究員をしている。研究員と言えば聞こえはよいが、実質は工場の派遣社員と変わらない。倒産した企業の工員数名と会話を交わしたが、お偉いさんを見るような目で見られた。
「古代史なんて、大したものですねぇ。うちらなんて、社員といっても、日雇いと同じ時給しかもらえませんから。しかも倒産しちゃったから今では職なしですよ」とちょっと皮肉混じりに言われることがつらかった。

(2)これは何だ!?

 発掘作業に取りかかる前、くだんのような話をしていたのだが、次の日には道案内をしてくれる工員とも打ち解けてきた。いよいよ今日から、本格的な作業が始まる。
 取りあえず、辺り一面を見渡してみて、遺物が多く出てきそうな場所を探した。この辺りは、今では内陸部にあるが、縄文海進の頃は、見渡す限り海だったに違いない。これでもかというくらいハマグリとアサリが出てきた。
 作業を進めていくうちに、同僚の研究員が大声で叫んだ。

「おーい、これ見てくれよー」

 私たち研究員は、叫び声をあげた同僚のもとへ駆け寄った。

 そこには、ほぼ完璧な形を保ったままの見事な縄文土器があった。

(3)火焔式土器

 これほど完璧な火焔式土器は見たことがなかった。国宝級と言っても過言ではあるまい。
 しかも驚いたことには、その火焔式土器の中に、これでもか!というくらい大量のハマグリの貝殻がつまっていた。

 こんなに1つの土器に詰め込んで、いったい何をしたのだろう。調理するときに、一度に熱することはあっただろう。しかし、食べた後の貝殻を土器に積み込んだとすると疑問符がつく。食べ終わったら、貝殻はその辺に捨ててしまうのが当然ではないだろうか?

(4)ハマグリの謎解き

 その日の夜から、火焔式土器のハマグリの謎について夜な夜な仲間たちと議論を重ねた。
 これは縄文人の宗教的儀式の1つではないだろうか?いや、大人数で食べようとしたときに、台風か何かがやって来て、食わずに逃げたのではないだろうか?
 いずれにしても、文字のない時代の遺物である。考察に考察を重ねても、理解できないことは理解できない。ただ、推論に推論を重ねるだけである。
 だから、いくら議論しても推測の域を出ることはなかった。

(5)半年後

 貝塚の発掘作業が終わってから、半年後、私は研究員としてではなく、一個人として、再びその貝塚を訪問した。プライベートな時間だから、特になにをするわけでもない。ただ、現地に行って、火焔式土器に残された大量のハマグリの謎を解くきっかけが得られればよいな、と思っていた。
 御座を敷いて、ただボーッと物思いに耽った。あ~でもない、こ~でもないと一人ブツブツ言いながら。

 ぼんやりしていたら、目の前の空き地に小学生たちが遊びに来た。飲み終わったペットボトルに、泥やらなにやらを入れて、キャップをして、それを蹴ったり振り回して遊んでいる。縄跳びを持ってきて、泥の入ったペットボトルを結んで、ヌンチャクのように振り回している子どももいた。

 無邪気でいいな、と思った。その時である。私はハマグリの火焔式土器の謎が解けたと思った。

 学者や研究者たちは、縄文人のことを考察するとき、「子ども」たちのことを全く考えに入れていなかった。当然のことながら、縄文時代にも、無邪気な子どもたちがいた。あの火焔式土器のハマグリは、ごみ捨て場のハマグリを子どもたちが詰め込んだものではないだろうか?

 学者というものは、合理的に考えすぎるものである。事実は、意外と簡単なことなのかもしれない。私はこの「気付き」を論文としてまとめようか否か、悩み続けている。まともに私の話を聞いてくれる大人の研究者はいるだろうか?


おしまい
フィクションです👦👧
「誇大妄想」から「古代妄想」してみました👋✨ふふふ。

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