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連載小説(35)漂着ちゃん

 エヴァの車に乗り、収容所へもどるとき、私たちは終始無言だった。もはや所長はいないのだから、何の気兼ねもなくエヴァのもとへ行けるはずなのに、もう二度とエヴァとは会うことが出来ないような感覚があった。

「着きました。ナオミさんのもとへお戻りください。当面の間、ナオミさんのもとを離れないでください」

「なぜです?」

「なぜって、それはナオミさんがあなたの奥さまだからに決まっているじゃないですか」

「しかし、エヴァさん、あなたとの間にはマリアがいる。マリアに私が会いにいくのは不自然でしょうか?」

「いえ、自然とか不自然ということではなく、ナオミさんの気持ちを考えることが大切ではないですか?」

「エヴァさん、以前あなたは何よりもマリアのことが大切だとおっしゃっていましたよね」

「はい、言いましたよ。あなたがナオミさんのところで暮らすことと、マリアの幸せはなんら矛盾しません。だって、ヨブくんがちゃんと育ってくれないと、マリアは一生処女のまま生きることになります。それは不幸せじゃないですか?」

「ヨブもマリアもまだ赤子です。勝手に私たちが彼らの将来を決める権利はありません」

「そうですね。マリアとヨブくんの将来を決める権利など私たちにはありません。しかし、これは運命ではなく、宿命なんです。ヨブくんとマリアには、私たちがなんと言おうと、結ばれなくてはならないのです」

「この町の繁栄のためにはそれ以外に選択肢はありません。しかし、町の繁栄とヨブとマリアとの個人の幸せの話は別次元の話ではないでしょうか?」

「あなたはこの町が消えてなくなっても、ヨブくんとマリアが幸せになれるとお考えですか?未来のない町に生きることが彼らの幸せでしょうか?」

「たとえこの町がなくなったとしても、ヨブとマリアが幸せならば、父親としてはそれでいい」

「あなたはマリアの父親ですか?」

「違うのですか?」

「生物学的には、マリアはあなたと私の間に生まれたから、あなたは父親に間違いない。しかし、あなたは何も今まで父親らしいことをしたことがないじゃありませんか?あなたの妻は、ナオミさんであり、正式な子供はヨブくんだけです」

「今までは所長がいたから、ナオミとヨブの元にいました。しかし、これからはエヴァさんとナオミにも自由に会っていいはず。違いますか?」

「所長がいなくなったことは、私たち以外に知る者はいません。所長の後継が決まっていない段階で、あなたが頻繁に私の元へ訪れるようなことがあれば、ナオミさんは早晩所長がいなくなったことに気がついてしまう。そうすれば、所長がいないという噂が町に広がってしまうかもしれません」

「それでは早く後継を何とか決めなくてはなりませんね」

「私はあなた以外には、所長の後継になる人物はいないと思っています。しかし、あなたは固辞している」

「やはりエヴァさんが所長の後継になるべきじゃないでしょうか?第1号の『漂着ちゃん』なのだから」

「それはあなたの主張ですね。私の主張も聞いてもらえますか?」

「もちろん聞きましょう」

「もう一度、おさらいしますね。私は確かに『漂着ちゃん第1号』です。しかし、その時にこの町を支配していたのは所長でした。そして、その所長を作り出したのは未来のあなたです。しかも、所長はAIになる前、生身の身体を持つあなたの父親だった。その父親は現在止まっています。だから、所長の実の息子であるあなたがこの町の支配者になるのが必然なのです」

「もとはと言えば、未来の私がAIである所長を作り出したことが原因ですからね」

「とりあえず、ナオミさんのもとへ。私はこれで失礼します」

「ではまた、近いうちに」

「はい、またいつかお会いしましょう」

 そう言い残すと、エヴァはこちらを見向きもせず、車に乗り込んだ。笑顔はまったくなかった。


…つづく


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