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連載小説(50) | 最終話 | 漂着ちゃん

 エヴァが死んだことを、現場にいた者たちはみな理解した。重々しい空気が流れた。
 しかし、エヴァの死に顔を見ると、みな顔を見合わせた。

 私にはエヴァはどう見ても微笑んでいるようにしか見えなかった。胸に刺さったままのナイフ。
 凄惨な血の流れとエヴァの微笑は、どう見てもアンバランスだ。

 エヴァを失くした悲しみよりも、私が真っ先に思ったのは「なにを考えて死んでいったのだろう?」ということだった。

「イサクくん、ちょっと」
 ナオミのそばにいたイサクに声をかけた。

「エヴァさんの顔をよく見てくれ。お母さん、笑ってないか?」

「そう見えるだけじゃないですか?こんなときに、変なことを言わないでください。不謹慎です」

「そうですよ。死者を見てなんということを言うんですか。お父さんは結局何もしなかった」とマリアもけしかけた。


 収容所からは、相変わらず轟音が聞こえる。最初は気のせいだと思ったが、轟音はますます大きくなっていった。

 音の聞こえる方向を見ると、ヨブが血相を変えて、こちらへ走って来るのが見えた。

「父さん、たいへんです。収容所が…」
息を切らしながら、ヨブが言った。

「収容所が、収容所が。。。」

「収容所がどうしたんだ?」

「収容所の扉がすべて開放されて、建物にいるすべての『漂着ちゃん』がみな、こちらに向かっています」

「所長は?所長の指示で、施設の施錠がすべて解き放たれたのか?」

「そうなのかもしれません。僕が収容所の地下室へ向かおうとしたら、地下室の扉は大きく開かれていました。そして、ここで起きたことの顛末を話そうとしたとき、私が話しかけるより先に、所長はこう言いました。『エヴァの代わりなら、たくさんいるぞ』と」

「代わりならたくさんいる?いったいどういうことだ?」

 ヨブは恐怖に怯えた面持ちで、
「おそらくですが…いや、まだ自信はありません。何人かの『漂着ちゃん』の顔を初めて見たのですが、すべて同じ顔をしているのです」と言った。

「同じ顔?どういうことだ?ますます意味がわからない」

「顔だけじゃないんです。姿形まで、どの『漂着ちゃん』も同じなんです。50人くらいの同じ顔が、こちらに向かっています。その顔がまた…」


 ヨブが収容所の様子を話し終わるか否かのタイミングで、収容所のほうを見ると、遠方に何人もの『漂着ちゃん』と思われる女性たちが見えた。顔は定かにわからなかったが、その姿形がおぼろげに見えたとき、私は確信した。ヨブが言った言葉の意味を。


 遠方に見えた『漂着ちゃん』が徐々にこちらへ近づき、その姿がハッキリとわかったとき、私の確信は、驚愕の事実へと変わっていった。ヨブから聞いた所長の「代わりならたくさんいる」という言葉の意味はそういうことだったのだ。

 エヴァの群れが近づく足音がますます大きくなり、その全貌が目視できるまでになった。


 今、私の目の前には、50人を超えるエヴァがズラリと並んでいる。

 100以上のエヴァの瞳がナオミと私を睨んでいた。

 はじめて出会う収容所の住民が、全く同じ顔であるとは、私は夢想だにしていなかった。しかもその同じ顔を持つ『漂着ちゃん』が、すべてエヴァの生き写しだったとは!!


 50人のエヴァがまるで合唱でもするかのようにこう言った。

はじめまして。私を殺してくださいまして、ありがとうございます

 戦慄した。

 その直後、収容所のスピーカーから、大音量の所長の声がに聞こえた。所長の長広舌が始まった。


AIだけしかいないこの町に、第1号『漂着ちゃん』であるエヴァが流れついたとき、私は保険をかけておいたのだ。エヴァのような人物が流れ着くことは、そうそうあることではなかろう。だから、エヴァの細胞から、クローン人間を大量に作っておいたのだ。

エヴァはこの時代にやってくる前の弥生の世では、呪術的才能に恵まれた才女だった。しかし、エヴァが愛した男と恋に落ち、宿した子供を流産してから、まるで嘘のように、カッサンドラ的な能力を失ってしまった。

もともと天の邪鬼的な性格を持つエヴァには、先を見通すことが出来ないような試練を私は与えようとした。嫉妬や愛憎の気持ちに突き動かされても、的確な未来のヴィジョンを描き出すことが出来るように。

ナオミをこの世界に送り込んだのも、我が息子をこの世界に送り込んだのも、すべてはエヴァのためにしたことだった。だが、私はどうやら最初から間違っていたようだ。

どんなに平凡な、純粋無垢なナオミのような女でさえ、自由意思を持ち、常に成長していくものだということを忘れていたのだ。

今の私には、ナオミこそ、最も美しく見える。出来ることなら、ナオミに新しい世界を構築してほしい。



 「なんという身勝手なんだ、所長は」と思いつつ、私は所長の言葉の中に、私自身を見たような気がした。

 所長の話を聞き終わったあと、死んだエヴァの元にいたマリアと、ナオミとイサク、そして私は、身動きをとることが出来なかった。

 辺りは、不気味なほど静まりかえっている。

 しばらくしたあと、エヴァのクローンの一人が大笑いした。それに呼応するかのように、50人を超える『漂着ちゃんエヴァ』たちの嘲笑が支配した。

 彼女たちは踵を返して、一斉に収容所へ向かっていった。

 何が起こっているのか、状況を理解することが出来ない私たちは、エヴァの群れを見送るしかなかった。


 まもなくして、収容所は業火に包まれていった。まるで夕焼けのように、蒼穹が茜色に染まった。

 あぁ、この世界もすべて消えてゆく…

 意識が徐々に遠のいていった。


 どれくらいの時が流れたのだろう?

 しばらくして、再び意識を取り戻したとき、私は雪山の中にいた。もう私には何も残っていない。いつまでも、どこの時代に飛んでも、成長しない自分に、ほとほと嫌気がさしていた。
 私のような男は、死を選ぶほかないのだ。最期に思いきり、渇いたのどを潤したら死のう。もう疲れたよ。。。

 あぁ、川のせせらぎが聞こえる。水だ。

 小さな森をすり抜けると、はたして川が流れていた。思ったより水量が多い。ほとりまで近寄って、両の手で水をすくい、ゴクリと飲んだ。雪解けの水が体にしみる。凍えているのに少し温かいような気がした。私はむさぼるように水を飲んだ。

 喉の渇きがおさった。その時である。視野の片隅に人影らしき漂流物を見た。目を凝らす。

「えっ、そんなバカな!」

 もう一度目を凝らす。間違いない。眼前の中洲には裸体の少女が横たわっていた。

 お前はナオミなのか?



…おわり。


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