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掌編小説集

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長編、短編など、小説を文字数で分類する正式な定義はないそうです。ただ、一般的には、4,000〜5,000文字以内の短い物語を、掌編小説(ショートショート)と呼んでいます。 ここで… もっと読む
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2022年12月の記事一覧

はんぶんこ

はんぶんこ

(本作は1,703文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 兄弟は悩んでいた。
 出来れば、一回で決めたいのだが、そのためには、水平線は一本しか入れられない。では、どこに、どの向きに、どの角度で水平線を引けばいいのだろうか?
 これは、かなり切迫した問題だ。時間的な猶予も差し迫っている。

 まず、話し合いの結果、対象物が不規則な形状の立体であるため、3Dスキャンを使うことで意見は一

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ポンヌフの傍らで

ポンヌフの傍らで

(本作は2,693文字、読了におよそ5〜7分ほどいただきます)

 オリビエ・ロジェは、セーヌ川に架かる観光名所、新橋(ポンヌフ)の傍らのいつもの場所で、観光客を相手にした「似顔絵描き」の仕事の準備を終え、最初の客を待っていた。生活の為だけに始めた仕事。大した収入にはならないが、慎ましい生活を送るには充分な稼ぎを生み出した。

 一応、オリビエは画家だと自称している。自室を改造したアトリエで、時

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黒い象

黒い象

(本作は2,031文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 さっちゃんは、いつも黄色かった。

 とも君は、日によって茶色だったりオレンジだったりしたけど、ゆう君は、赤い日が多かった。
 でも、さっちゃんだけは、いつも黄色だった。

 父や母に色の話をしても、まともに取り合ってもらえたことはない。大抵は、「変なこと言うわねぇ……」と軽く流されたり、怪訝な顔されたり。時には、怒られたり

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ウミウシの歌

ウミウシの歌

(本作は1,984文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 久し振りに外出した僕は、すっかり変わり果てた世の中に戸惑い、僅か数分で立ち尽くしてしまった。街並みも空気も音も匂いも、五感で感じるもの全てが違っていたのだ。そんな僕に、二足歩行のシュナウザーが葉巻を咥えたまま近付き、煙を吹きかけるようにドイツ語で何やら話し掛けてきた。
 しかし、ドイツ語に明るくない僕には、彼が何を言っているのか

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柿綴り

柿綴り

(本作は4,260文字、読了におよそ7〜11分ほどいただきます)

 愛知県豊田市の猿投(さなげ)地方は、県内随一とも言える果物の生産地だ。
 梨、桃、葡萄、ブルーベリー、イチジク、苺を始め、様々な果樹園が延々と広がり、それぞれの収穫期には山盛りに果実を積んだ軽トラが、のんびりと公道を走っている長閑な地域である。とりわけ有名な果実は、梨である。中でも、稀に3kgをも軽く超える猿投の愛宕梨は、世界

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死と乙女

死と乙女

(本作は1,728文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 退廃的にくすんだ灰色の瞳が、光を失った世界を捉えようと焦点を絞り込んでいる。数秒後、彼女は自らの手首から滴る鮮血を、呆然と眺めていた。痛みも悲しみも、いや、あらゆる感情さえも失った脱け殻のような身体は、生命反応の有無さえ疑念を抱かせる。
 彼女は、鈍い瞳の輝きと対照の、真っ赤な液体に見とれながら、「綺麗……」と小さく呟いた。その言

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貴方とゼロになる

貴方とゼロになる

(本作は1,647文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 ネガとポジは陰と陽……そう、平たく言えば反対言葉、つまり対義語ね。でも、対義語は反発し合う言葉じゃない。補完し合うのよ。だから、合わせるとフラットになる。ゼロでもいいわ。凹と凸もそう。プラスとマイナスも同じ。右と左、白と黒、理系と文系、知性と本能……他にもあるかしら? でもね、大切なことはバランスよ。力量に偏りがあると、重ねても

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だからトリュフォーは字幕がいい

だからトリュフォーは字幕がいい

(本作は3,565文字、読了におよそ6〜9分ほどいただきます)

 ついてない日もあるもんだ。

 久しぶりの休日に、フラッと映画でも観ようと思ったまでは良かったが、下調べもせずに直感だけで選んだ洋画が大はずれ。しかも、吹替えときた。洋画は字幕に拘る俺にとって、吹替えの洋画なんて邪道中の邪道なのだ。だって、フランソワ・トリュフォーもジャン=リュック・ゴダールも、字幕だから素晴らしいんじゃないか。

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正確に、省略しないで話すわね

正確に、省略しないで話すわね

(本作は1938文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 アイツとの出会いは、人数合わせの為だけに誘われ、渋々参加した合同コンパニーだった。当日は、終始不機嫌な表情を隠さず、無口を貫いた私だが、その日の解散間際にデートに誘われたのだ。しかも、よりによってアイツに。
 その時は、全く乗り気ではなかった。と言うのも、アイツはつい最近、インフォメーションテクノロジー関連の会社をリストラクチャリン

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