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【読書エッセイ】モノづくりへの情熱にあふれた一冊

暮らしを色鮮やかにし、いまも傍らに寄り添う特別な一冊を紹介いただく本エッセイ。
①森優子さん(旅行エッセイスト)⇒②山口花さん(作家)⇒③上田聡子さん(作家)⇒④柳本あかねさん(グラフィックデザイナー)⇒⑤松原惇子さん(エッセイスト)の豪華リレー形式でお届けいたします。
今回は、上田聡子さんに、敬愛する漆アーティスト、スザーン・ロスさんの
創作活動と著書について綴っていただきます。

【今回の一冊】『漆に魅せられて』

著者:スザーン・ロス
発売:桜の花出版/定価:1, 540円(本体:1,400円)
自然あふれる能登半島で「漆アーティスト」として暮らす著者のエッセイ集。22 歳で来日して以来、著者が感じた漆器や自然の美しさや異文化体験にまつわるエピソードを収録。日本の素晴らしさを再発見できる一冊。

漆に惹かれて海を越えた人

 はじめに思い出すのは、小さな英会話教室での光景だ。子供たちがおばけや魔女の仮装をして、ハロウィンパーティーを楽しんでいる。私も黒い服を着て「トリック・オア・トリート!」と友達と叫び、いっぱしの魔女のつもりになっていた。目と口がついたオレンジ色のカボチャも飾られていて、その前で子供たちにお菓子を配っていたのは、スザーン・ロスさんだった。

『漆に魅せられて』の著者であるスザーンさんは、いまでは名だたる漆芸作家として作品を発表され、高い評価を受けているが、幼い頃の私の英会話の先生でもあった。私の出身地である石川県輪島市で、夫のクライブさんと一緒に教室を開いていたのだ。

 その温かい英会話クラスでの日々から、気づけば長い月日が流れた。六年前のある日、母から「スザーンさんが本を出したんだって」とこの本を差し出された。読んですぐ、彼女の激動の人生に思いを馳せた。並並ならぬ信念に基づいて、チャレンジを繰り返したその人生は、私にも行動を起こしていくことの大切さを教えてくれた。

 スザーンさんは、大都会ロンドンに生まれ、進学したアートスクールの課題で行った展覧会で漆芸作品と出合う。その美しさに衝撃を受けて、日本へ渡って漆芸を学ぶことを決めた。師匠を求めて輪島市に辿りついたが、はじめは「弟子入りさせてください」と頼んでも「女性には教えない」「日本語が下手だ」などと言われ、門前払いに遭ったそうだ。漆芸研修所を紹介され、伝統工芸の手順がわからず「Why?(なぜ?)」とばかり聞いたら先生方に「黙れ!」「盗め!」と強く叱られたという。

 のちに「自分でもやってみないうちに質問ばかりするのは失礼」「自分なりにやってみてからならば、先生はアドバイスをくれる」ということに気づいたスザーンさんだったが、慣れない異国の地でカルチャーショックを乗り越えながら学ぶのはさぞ大変だったろう。

 輪島塗の世界は細かく工程が分かれていて、その工程ごとにそれを専門とする職人がいることが慣例だったのだが、スザーンさんは自分で一から十まで全ての工程を学んだ。その後、研鑽と修業を重ね、徐々に制作した漆芸作品の価値が認められていく。

 スザーンさんの漆芸作品は、どれも独創性にあふれている。この本の中にも彼女の漆芸作品の写真は入っているが、なかでも合鹿椀にレースをあしらい、上から漆で塗り重ねた作品などは繊細なのに力強い。

 数年前の夏、私は実家に帰ったとき義妹と一緒に、輪島市河井町にある「輪島工房長屋」を訪れた。スザーンさんには運よく会うことができて、私が二〇一六年に彼女の母国であるイギリスに新婚旅行で行った話を楽しそうに聞いてくれた。工房長屋では実際に目にした作品に目をみはった。なかでも釘付けになったのがアクセサリーだ。赤や黒の漆が形の良い石に塗られ、蒔絵で金銀の華やかな模様が描かれている。漆が放つきらめきに、ほうっとため息をついてしまいそうだった。

 私は輪島市に生まれながら、地元で延々と受け継がれてきた輪島塗の文化を、とりたてて深く知ろうとしていなかった。縁のあったスザーンさんが、その美に改めて光をあててくれたのだった。

 スザーンさんの本を知ってから、私も輪島塗のアクセサリーを身に着けるようになった。私が特に気に入っているのは、こっくりした溜色の漆塗りのイヤリングで、輪島市の若手女性作家さんの作品だ。人前で話をするときなど、ここぞというときに着ける。私が子供の頃にはなかったようなモダンな漆のアクセサリーは、いまでは観光土産品としても人気なようで、それはスザーンさんはじめ、若い作家たちが切り開いてきた新しい道だ。

 この本で印象に残った言葉を紹介したい。

「パッション(情熱)と信じる心を持つことよ! 夢に向かって努力を続ければ、夢はきっと叶うわ!」

 温かいエールを胸に、ふるさとに思いを馳せる。スザーンさんは今日も楽しみながら、作品づくりに精を出しているはずだ。

【執筆者プロフィール】
上田聡子(うえだ・さとこ)◆石川県出身。「note」に「ほしちか」名義で作品を投稿し話題になる。著書に『金沢洋食屋ななかまど物語』(PHP文芸文庫)がある。

初出:『PHPくらしラク~る♪』2022年3月号
※表記はすべて掲載時のものです


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