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医療分野におけるデザインディレクター

私は自身の肩書きを「医療分野におけるデザインディレクター」としております。医療やヘルスケア分野の課題解決は、世界的にはクリエイティブやテクノロジーの最前線ですが、それでも肩書きとしては珍しいかもしれません。

デザインの思考法を基盤として、印刷物とウェブ、動画、ライティングなどを通した複合的なコミュニケーションやプロモーションプランニングをしております。

医療分野において必要とされる情報の構築や整理を、クリエイティブコンサルティングとしてご提案し、ロゴマークやビジュアルアイデンティティ、コンセプト策定、広告、ウェブサイトの構築、書籍の情報設計、院内のサイン計画や印刷物、薬剤の調整方法や作用機序などの動画ディレクションのほか、PRとしてプレスリリース作成など、「正確に効率よく医療情報を伝えるためのデザイン」に領域横断的に携わっています。

これまで国立の機関や省庁、医療施設や教育機関、産学の連携した事業、患者さんに関わるNPO法人、医療用医薬品、OTC医薬品、医学専門書や医療従事者向けの専門誌、病院・クリニックのほか介護事業などにおいても、医療に関わる情報を構築することに携わってきました。

売上高100億円以上の医療用医薬品のコアなビジュアルコンセプトから医療従事者向けの専門誌や医学書、地域医療に根ざしたクリニックのデザイン・ディレクション、患者さんに直接関わるNPO法人、官公庁や教育機関の医学情報発信まで、私のように幅広く医療分野に携わっているデザイナーは、事実としていないと考えています。

私が行っている医療分野におけるデザインディレクターという概念について、考えていることをまとめました。





■ グラフィック/ウェブ/動画/エディトリアル/領域を横断するデザインディレクション

医療分野におけるデザイナーに求められる能力は、独自性が高いものです。私は医薬を専門とした外資系広告代理店でアートディレクターとして勤務した経験と、独立後に老舗大手の出版物など扱う会社に出向するような形で、医療の外のカルチャーやファッションなどのエディトリアルデザインを中心に仕事をしていた時期があり、様々な業種や業態をみてきたうえで、どれも一長一短であることを肌で感じておりました。

ちなみに出向した会社も現在は、コンサルティング会社として存在感を放っています。

結論としてはグラフィックとエディトリアル、ウェブ、動画などすべてのクリエイションを高い水準で成立させる個人はおらず、一例を上げると、情報量が多いエディトリアルデザインとアイディア一つで勝負できるグラフィックデザイン、更に専門知識が異なるウェブデザインを横断して評価できるカテゴリそのものがないと考えています。

例えば、広告など単発のビジュアルが得意なデザイナーに、雑誌などページもののエディトリアルデザインをお願いするのは危険です。サッカーで言うならば、エディトリアルはゴールキーパー、グラフィックはフォワードといった感じでしょうか。

GKがFWをやった場合、点は取れなくても失点もしませんが、FWにGKを頼むとプロスポーツとして成立しません。どちらがより危険かは明白です。

■ 膨大な情報を整理するデザインと、一つのアイディアに絞り込むデザイン

あるいは広告グラフィックは短距離走で、雑誌エディトリアルはマラソンの長距離走と言えば、わかりやすいのではないでしょうか。中学生くらいまでは短距離走も長距離走も一番になれる人がいると思いますが、レベルが上がっていくと両立は難しいものです。

ここを勘違いして、自分はなんでも出来ると思っているデザイナーは「中学生レベル」たと疑った方が良いでしょう。

広告表現になれたデザイナーが雑誌エディトリアルをやると1000mを走るのに、100m走のような全力疾走をしてしまうのです。またウェブもやり投げのように独自の領域となり、それぞれ異種目競技というべきものです。

ちなみにグラフィックとプロダクトはワンアイディアで成立する部分があり、近年では3Dプリンタなど技術的な進歩のお陰で、より親しい関係にあると考えています。同じような意味で、エディトリアルデザインやウェブデザインはグラフィックより建築に近いといえるかもしれません。

ウェブサイトのデザインについては、私はよく「ウェブは2.5次元」という言い回しをします。旧来の紙媒体の情報設計に慣れたデザイナーにはこの感覚がなかなか伝わらないことがあり、モニタなど画面の見える部分で完結するデザインを想定しがちです。その見えない部分の広がりを表現するためにそのような言い回しを使います。逆にウェブやデジタルのデザイナーはただ一つでデザインを完結させるクオリティ(ロゴデザインなど)は苦手です。

医療情報のデザインにおいては、医薬品など非常に情報量が多いものを「決して間違いがないように」「主観を入れずわかりやすく」整理する反面、「一月や一年で消費されないコンセプトを持った」一枚のビジュアルとして成立させるデザインスキルが求められます。市場をリードする一部の人間に理解されればよいわけではなく、新しい手法、古い手法を取り混ぜた文字通りすべての人が理解できるスキームを構築する必要があります。

こう表現するとデザインとして王道のようですが、一流とされるデザイナーでも医療分野の経験が乏しいと相当難しく、クライアントが頼んだ医療分野外の著名デザイナーによって混乱した情報を整理するため、私が呼ばれることがよくあります。

一般向けの業界で優秀だったデザイナーが、医療系でも優秀だったことを今のところ私は知りません。単発の事例はあっても継続しないのが実情であり、継続しないということは成功事例とみなされていないということでしょう。

■ 医療デザインに求められる能力とは、十種競技のアスリートのようなもの

何故なら医療デザインは、短距離走と長距離走を中学生レベルではない高いレベルで両立させる必要があるからです。専門化、分業化が進みデザインからプロモーションという経済合理性だけを取り出すことに長けた現在の業界では、適任者を探すのは相当難しいというのが実感です。

概してプロモーションに長けたデザイナーは、本来的に複雑であるものを今まで培ってきたノウハウで、極度に単純化してしまう傾向があります。何故なら、「そのほうが売れる、さらに言えば高く売れるから」です。お酒やお菓子などの嗜好品の宣伝を扱うことに馴れて実績を積んできたデザイナーに突然、複雑かつ間違いが許されない医療情報を過不足なく扱うのは、医療に関わるプロモーションコードが年々厳しくなっていく中、頼む側としても慎重にならざるをえません。

通常、広告やポスターなどは一部の好事家を除けば、飽きられて消費されることが大前提で、古い言い方をすれば「ポスターは0.5秒が勝負」などと云います。しかし医療デザインにおいてはそれだけではなく、整理された情報を一つのビジュアル言語として「読み込む」ことができ、なおかつWebや動画など様々なメディアで複合的に成立させる能力が求められるのです。もちろん「読み間違え」が起こることは許されません。

それは例えるならば、100m走やフルマラソンという単一のカテゴリの中で活躍する人ではなく、十種競技(デカスロン)のアスリートとでもいうべきオールラウンドなデザイン能力です。

キング・オブ・アスリートとはよく言ったものですが、医療デザインにおいてもグラフィックで一番、エディトリアルで一番というより、すべてを高い水準でこなし目配せができる能力を持つ人が優秀です。その意味で、私は自分の能力は全く「平均的なデザイナーかつディレクター」だと考えています。

■ 医療者とのコミュニケーションのなかで妥当なポイントを探す

それに加え、大学教授やドクターなど医療分野の人間と成立する高いコミュニケーション能力と理解力が要求されます。医薬専門とされる広告代理店では、薬学部や医学部出身かつ製薬会社の研究職や大学病院の薬剤師であったような医学的な専門性が高いライターや編集者とチームを組みます。

個人的には、広告会社にて医療者としての資格・豊富な経験を持つ人々と「同じ会社で同じ釜の飯を食べて、クリエイティブな目標にむかってチームとして共同作業する」ことが日常的にできたのは、当時からは想像もできないほど自分の血肉となった経験だと考えています。お互いの得手不得手を実経験から掴むことができました。

クリエイティブをデザイナーが主導し、プレゼンしなければならないケースもままあります。その意味では、医療分野のアートディレクターは、そもそもクリエイティブディレクター的な要素が強く、コピーライターやアカウントエグゼクティブの後ろで「いいものを作って、黙って座っているだけ」では成立しないのです。

どの職業でもそうですが、コミュニケーションは基本にして最も重要なスキルです。「良いものは黙っていても自然と伝わる」とか「クリエイティブとかテクノロジーしか興味ない」といういわゆるデザイン・ITオタクは不要です。医療分野においては、デザインに理解がある人達だけを相手にするわけではありません。複雑な問題は、デザインの外側にあることがままあるのです。

また、デザインとは本質的に領域横断的なものですので、自らの得意分野や専門性に閉じこもるべきでもありません。

私はデザインの専門家ではありますが、薬学や医学・医療の専門家ではありえないし、そうあるべきでもありません。コミュニケーションを円滑にする技術とアイディアを持っていても、間違いや誤解が許されない情報を厳しく精査するには「他人の力」こそ必要なのです。

そのため「問題を一挙に解決する魔法」ではなく、専門家たちと常にコミュニケーションを図りながら、ある種の妥当なポイントをコツコツと探していく知的な労力が求められるのが、医療に携わる情報デザインなのだと言えます。

私はこれを減点方式のクリエイティブと捉えています。減点方式とは、10の素晴らしい長所があっても、1つの欠点が見つかれば、そのアイディアは通らない、ということです。

通常、クリエイターは多数決と減点方式は嫌がり、評価もしません。しかし、医学的に証明された情報を間違いや誤解が起こらない精度で、医師や看護師など医療職から一般人向けにまで伝えるということは、なかなか並大抵のことではありません。

日本において医師は30万人いると言われます。

例えばTシャツを裏返しに着ても、問題は起こりませんし、女性用の衣類を男性が着るのも尊重されるべき自由でしょう。

しかし、30万人の医師のうちのたった一人が医薬品の情報を誤読したら、大変な間違いが起こるかもしれないことは、誰にでも想像できると思います。もちろん我々一般人にとっても、医療情報の誤読は大変危険です。医療情報において求められる情報の精度とクリエイティブというのは、そういったものです。

医療は、社会と個人のライフラインと言える分野です。尊重されるべき自由と、絶対に間違いが許されない客観的な情報精度の双方を、零れ落とさぬよう天秤にかけながら「わかり易く伝わる」情報を構築します。

病気にならない人はいませんし、我々は衣服や食事を選ぶように病気を選ぶこともできません。医療情報は誰にとっても例外なく大切な情報であることが自明であるにも関わらず、デザイン的な解決が手つかずの部分が多い「見逃されてきた分野」かもしれません。

長い間、デザインはアートや広告・ファッションとの関係を中心に、主に射幸心や消費を掻き立てる装飾的な概念で捉えられてきました。しかし今、デザインは私たちの生活や人生の奥深くまで入り込んでいることが多くの人に実感され、広く活用される時代です。

医療は、デザインという概念が拡張されるなかで現れた、挑戦的かつ創造的な解決が待たれる新しい領域なのだと考えています。

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