Paddle for Mother Earth

Duke Kaneko https://www.paddleformotherear…

最近の記事

風待ちの日

3月28日 マラマホヌア会のお知らせ🤙 マウイ島の星でカフナ(深い秘密の知恵者であり祈祷師)でもあるアンクルKimokeo Kapahulehua がわたしたちと共に祈りの航海をしています 明日は江田島の長瀬で彼と一緒にハワイィの伝統的なオリやチャントを唱えながらハワイのカヌー、ヴァアPili Alohaを漕ぐ体験ができます 母なる地球とつながり宇宙とつながるアンクルKimokeoのオリと共にアロハ(愛)を海に伝えましょう🤙 10:00にヒューマンビーチ長瀬に集合して

    • 風待ち潮待ちの2日間

      3月28日の投稿に書き加えた文章です 今日のヒューマンビーチ長瀬からの舟出は延期しました 行く先々でスケジュールを見ながら 待ってるサポーターの皆さま、ごめんなさい🙇‍♀️ 今日は午後から雨になるということ、 また明日は風が強くて航海不可能と判断しました 昔と同じように動力は人間の力と自然から得られる力だけの航海 風待ち 潮待ち 漕ぎ手待ち の母なる地球にかぎりなくやさしい手漕ぎによる航海です 今回のボヤージングでもっとも大切で神聖なエリアとわたしが位置づけて

      • ヒロシマ・ナガサキ DAY1

        3月27日 広島県呉市倉橋町桂浜神社前桂浜 桂浜神社の宮司さまによる神事とアンクルのオリ、プレッシングの融合 10:00過ぎに舟出 倉橋島桂浜 ↓ ビーチ長浜 ↓早瀬瀬戸 柿浦漁協柿浦桟橋横の砂浜 ↓ 高須の浜 ↓ 幸の浦慰霊碑前砂浜 ヒューマンビーチ長瀬 宿泊だんだん 江田島、倉橋島から多くの参加者があり、何度も砂浜で交代を繰り返しながら初めてpilialohaは瀬戸内海の海を渡る、 遠目には島々とのコントラストが美しい瀬戸内海、実際に透明度も高い でも、風下の浜や海

        • ヒロシマ・ナガサキ春分の日2024

          インスタとFBに投稿した文章を記録としてわかりやすくようにまとめてみました😊 まずは準備の日々、 3月20日投稿 春分の日という母なる地球にとって特別で大切に日に合わせて、この旅路は始まった 浄化の風吹くなか、 ヒロシマ、ナガサキ祈りの航海に向けて、いよいよ準備スタートしました🤙 ビーチクリーン E ala e Pili Aloha 解体スタート 3月22日投稿 地球の未来は 子どもたちがつくる🌈❤︎ 子どもたちが笑えば 海をも浄化し 母なる地球にも元気をあたえ

          献水

          広島と長崎の人たちにだけ通じる深い意味のある言葉なのかもしれない、 『献水』という言葉がある、 献花は亡くなった命や魂に対して草花をたむける行為だというのは日本国民なら誰もが知ってるしイメージができることだろう、 『献水』ケンスイということばは、わたしも今回ヒロシマ、ナガサキ祈り航海をやるにあたり、広島の仲間から初めて聞いた言葉だ、 もしかして長崎に住んでた頃に聞いたこともあるかもしれないが、まったく印象にない、 原子爆弾が投下された時、放射能の熱線をを浴びて、人間

          コホラの導き

          コホラとは、ザトウクジラのこと、英語ではHumpback Whale わたしのルーツがある平戸の生月島では勇魚(いさな)と昔しよばれていたことは「わたしのルーツ」というnoteで話したと思う、 ハワイ語ではコホラとよばれ、アウマクアの一種であり海の神様の化身として崇められていた時代もある、 https://bonin-ocean.net/humpback-whale 5年ぶりのBonin アイランズ(小笠原父島、母島)の旅では今までにないほどにKohola コホラ、ザ

          イケ カイ

          ここにike kai イケ カイという名前のカノー(小笠原では丸木舟のことをカノーと呼ぶのだ)がある わたしは数年前に、このイケカイという名前がついた、外洋航海が可能な14メートルを超える長さがあり6人で漕ぐハワイアン アウトリガーカヌー(ヴァア)をこの小笠原父島に納める光栄な役目をさせてもらったのだ、 島での進水式にも参加させてもらった、 南洋の植物たちがヴァアを飾りたてて、それは、それは、羨ましいほどに盛大なものだった 記録がある島の歴史としては、1830年に5人の

          和をもって尊(とうとし)となす

          E hoe pū me ke aloha エホエプーメケアロハ ハワイィの先住民の言霊で「アロハ(愛)をこめて海を漕ぐ」という自然界とつながる響きのような祈りの言葉があります 古代のハワイアンは森の大木を自然界からいただき、その精霊が宿る大木からヴァア(カヌー)をつくり、そのヴァアを生命の源である海に浮かばせ、太平洋を潮流にのって自由に漕ぎまわることで母なる地球とつながり、波やうねり、そして海に棲むクジラやイルカやウミガメ、サメ、魚などのすべての生き物とたちと心をかよわせ、

          和をもって尊(とうとし)となす

          わたしのルーツ

          17年前、ホクレアが初めて南太平洋のポリネシアから飛び出し、ミクロネシアのサタワル島を経由して訪れた外国、それが北太平洋にある島国、わが国日本だった。 ホクレアは沖縄の2007年の4月ごろだったと思うけど、糸満に上陸し、初めての日本にやってきた。 そして奄美、熊本と寄港しながら、長崎にやってきたのだった。 長崎はハワイと縁が薄い都市だったけども、人類最後の被爆地、平和の象徴の都市ということで立ち寄ったのだった。 長崎市の中心地、出島ワーフに行く前に野母崎という小さな漁

          わたしのルーツ

          聖霊の種をまく

          わたしが今のような考えかたや活動を始めてからかれこれ14年以上経つ、14年、13年まえのその当時の活動を記録したブログやホームページが期限切れで観れなくなったりパソコンが変わったときに保存していなかったりして、ほとんど何も残ってないので、自分がその当時どんな考えを持ち海を漕ぎながら行動していたのかは漠然としか覚えていないけども、、、 12年前の2011年、東日本大震災が起こったあとに『海からの巡礼の旅』という熊本県水俣市の湯の児温泉から福島第一原発の北にある双葉海岸を目指し

          聖霊の種をまく

          ホクレア 希望 のひかり☆

          ハワイ現地時間で8月8日、日本時間で8月9日だった、ナガサキの原爆の日だったのでわたしは鮮明に覚えている。この日のラハイナの焼け落ちた町並みの映像を観て、子供の頃から毎年この日になると何度も目にする機会があった郷里長崎の浦上あたり、爆心地の白黒の映像を思い出したのだ。 長崎ではこの8月9日という日は夏休なのに子供たちは学校に登校してみんなが揃って黙祷を捧げ、そして原爆の悲惨さ、世界平和の大切さを話すという時間を過ごす一日だった。そんな義務教育を小、中、高と12年間受けてきた

          ホクレア 希望 のひかり☆

          E hoe pū me ke aloha エホエプーメケアロハ

          ハワイィに「アロハ(愛)をこめて海を漕ぐ」という言葉があります。 このアロハ(愛)の波動は太平洋を通して拡散され世界中の海を浄化し、そして私たちの母なる地球を優しくつつみこんで癒やしてくれます。 わたしたちがアロハをこめて海を漕ぐことで、 この地球上で傷ついた子供たちや苦しんでる人達に恵みを与えます。 人間のいとなみにより破壊され傷ついた自然や他の生きとし生けるものたちのバランスを整え人類との調和をうながしてくれるのです。 今、世界各地で異なる民族や異なる価値観や思

          E hoe pū me ke aloha エホエプーメケアロハ

          こんな時だからこそ愛をこめて海を漕ぐ

          前回、このnote に「マウイのためにできること」という文章を書いたのが10月3日だったので、もう2ヶ月ちかくも何も書いていない。 日々の暮らしを喜ぶことも、楽しむこともできないほどに、 つねに暗い影がさしているような気持ちの日々が続いている、、、 マウイのオハナのことも心配でたまらないけども、 10月7日のあの日から、、、今もこの地球上で起きてることを思うと 何も言葉にならない、、、というのが、この数週間の日々のわたしなのかもしれない。 ただ目の前にあることに真

          こんな時だからこそ愛をこめて海を漕ぐ

          マウイのためにできること

          E hoe pū me ke aloha エホエプーメケアロハ ここにハワイの言葉がある 聞き慣れないハワイ語で知らない人も多いと思うけども、 日本語に直訳すると、 「アロハ(愛)をこめて海を漕ぐ」という意味だ。 いま、 私たちは 世界は アロハ(愛)を必要としています この母なる地球も アロハ(愛)を必要としている そして、いまマウイ島の人々もアロハを必要としています。 この名は2018年12 月ハワイはマウイ島に住むアンクルKimokeoをはじめとするハワイ

          マウイのためにできること

          この先の世に残すべきもの

          ちょうど、今日でマウイ島のラハイナの大惨事から四十九日、まだまだ数多くの行方不明者がみつからないなか、四十九日を迎えることになる。 これまで49日間、わたしも喪に服する気もちで過ごしていた。 辛かった。 今年はまた特別に暑い夏だった。 秋分の日になっても、まだ暑い日が続いている。 そうして、今は一時的に中断されているけども福島第一原発からの海に放出される汚染水のことに心を痛め、それに追い打ちを与えるようなマスコミや政治家たちがたかだかに言う、科学的に安全安心、という真

          この先の世に残すべきもの

          手をつなぎ海のために祈る

            静かに、そして厳かに、ホクレアがアラスカのジューノを船出しておよそ3ヶ月が経った。  先日シアトルの先住民たちとの、神秘的なセレモニーを終え、母なる地球の鼓動のようなドラムのリズムに見送られ順調に西海岸沿いを南下し、各地の先住民たちの末裔たちとの交流を続けながら、まもなくちょうどベイエリア、サンフランシスコに到着する。 ベイアエリアはわたしもちょうど40年前に住んでいたので身近に感じる土地で、ネイティブアメリカンの聖地でもあるので、きっと霊 的な大地のマナとつながるよ

          手をつなぎ海のために祈る