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キリストの払い損なった税金 Biodegradabilidad

こんにちは。
「墓の魚」の作曲家です。

「墓の魚」の新作の詩、
「キリストの払い損なった税金 Biodegradabilidad」
をこちらにも掲載しようと思います。

この詩の単語解説はこちらをご覧下さい↓↓↓
https://note.com/pezdetumba/n/ncf39021cad0d


「キリストの払い損なった税金 Biodegradabilidad」
黒実音子


デセチョは、羽毛に泥を挟み込んで
デルマニスゥスの豪族である
トトレイトと呼ばれるダニ共を
振り落とそうとするニワトリ達に、
かつては生きていたイネ科の
打ち殺された死骸を与える為に
いつもの様に鶏舎に入った。
そして彼は、小屋の中の温度が
いつもと違う事に気が付いた。
金網には信じられない程、
重苦しい惰性がこびりついている。
ああ、惰性とは人生の迷宮であり、穢れた汚れだ!!
鳥の糞は日々、金網に絡みつき、
ついには、それが元は
何であったのかもわからなくしてしまう。
穢れた鉄は社会の愚かさであり、
ここにあるのは錆びた
金網の飢え(ポブレサ・エン・ラ・マラ・デ・アランブレ)だ。
故に、善というものも糞尿に埋もれ、
悲鳴はここでは届かないのだ。
命が繰り返し分解される宿舎では、
革命家も聖者も必要とされない。
あらゆる命がここでは
神学的分解(ディスコンポシシオン・ヴィオティカ)するだけだ。
デセチョはギター弾きだ。
土埃に塗れた木のペグをギコギコと回すのが仕事だ。
人生のほとんどを甘美な演奏よりも、
苦悩の調律に使ってしまうので、
金にはならず、一年中貧困だが、
人生の苦悩の音、
魂を握り潰す音を立てるのが
どこの国のギター弾きの仕事でもあるのではないか?
それだけ魂を荒く擦り潰していれば、
いつかは魂も壊れ、ギターも壊れる。
ギターを壊さないギター弾きなどいるだろうか?
だが、構う事などあるか?
ギターが壊れる頃には、
自分の身体も朽ちて、土壌に帰るという寸法だ。
ああ!!赤いダニよ!!
コドラートでその蠕虫の糞を囲い、調べれば、
我が腐肉がそこに撒き散らされた事を知るだろう。

「ガルスガルス!!」
デセチョは叫んだ。
いや、ニワトリ達に語り掛けたのだ。
「ガルスガルスよ、受け取るがよい。
これを限りに!!」
こうした鶏舎の呪文は古臭い遺物とも言われるが、
税金と同じで、どんな理屈がそこにあろうとも
付き合っていかねばならない。
そう、まさに惰性だ。
デセチョが、キリストと名付けた雄鶏が
真っ先にやって来て、餌を啄んでいた。
昔、中膜壊死(メディア・ネクロシス)を
患った仔馬ほどの大きさの巨大なダニが、
自分の思想を歪な壺に押し込めるのを
デセチョは見た事がある。
そのダニは死んだが、その壺は今も
鶏舎の日陰(アリエナシオン)に置かれたままだ。
そのダニは社会主義者だったのではないか?と、
デセチョは思っている。
ならば、折々にそうする必要があったのだろう。
思想は、甘美な胸肉を食べる時には邪魔なのだ。
だから思想は閉じ込めねばならない。
残骸をたらふく平らげたければ!!

ふと、デセチョは鶏舎の窓辺で育てているサトイモの葉に、
黒い幼虫が付いているのを見つけた。
どうやって入ったのだろうか?
今まで見た事もない虫だ。
その親指大の幼虫は、よく見ると茎にも一匹とまっている。
人生では、よくある事だが、
そうやって見ているうちに、
部屋中にその黒い幼虫が張り付いて、
ジッとしている事に気づくのだ。
普通なら、そこで黒い赤子達は
罪を償わない無機質で無慈悲な
死滅剤(コルバ・デ・コントラト)により殺される。
しかし、デセチョは虫達を殺す事をしなかった。
それどころか、彼はある一匹の肥えた幼虫に
ジファーという名前をつけて可愛がった。
英国の古詩に登場する蛆の王の名だ。
彼は、わざわざサトイモの葉を近隣から集めて来て
幼虫に食べさせ様とすらした
(モリッツビールとチーズ三切れと五ペソで、
隣人はサトイモの葉を一枚だけ譲ってくれた。
仕方がない。
現状を受け入れる以外、
貧民はそもそも生まれた時から交渉などできないのだ!!)。
しかし、どうやらサトイモの葉に
この愚鈍なラルヴァ達が付いていたのは
ただの偶然で、
この生き物は、葉を食べる様子は全くないのだった。
何も食べないのだから、
幼虫はいつまで経っても大きくはならなかったし、
そもそも運賃前払い(フレーテ・パガド)
など成り立たないのだ。
また、やる気なく床に転がった幼虫(オルガ)を見つけても、
ニワトリ達はそれを啄もうとしなかった。
不思議に思ったデセチョは、
ある日、幼虫に話しかけた。
「何も食べる事もなく、
誰に食べられる事もない。
成長し、蝶になる事もないのなら、
一体、何の為に、
君達は、ここにいるのだろうね?」
すると幼虫達は一斉に言った。
「存在する故に。」

よく考えてみたらデセチョは、
自分がここにいる理由も答える事が出来ないのに、
随分と失礼な質問をしたものだ、と反省した。
ニワトリ達はある時、夜明けに呟いた。
「黒い虫はね。
貧困なんだよ。
貧困そのものなんだ!!」

ある日、デセチョは、それらの幼虫が
鶏舎の横にある木箱の中から出て来ている事に気が付いた。
木箱のある一面には、
大衆に人気の、とある芸術家の肖像画が張り付けてある。
どうやら、その箱の中から幼虫は現れる様だった。
その人気芸術家は、かつて大衆にこう言っていた。
「生きる術!!
生きる術こそが重要なのだ!!
生きなくては芸術など作れない。
故に、我らは常に求められるものを作り、
その金で時代に合った鶏肉を買わなくてはならない。
君、すなわち金勘定は
我々家族(資本主義)の作品アートなのだよ。
高尚さに死(ダル・ムエルト・ア・ラ・ノブレーサ)を!!」
最後に大衆の芸術家はそう叫んだ。

貧困だ!!
貧困こそがあらゆる物を瘠壌にし、
魂を殺すのだ!!
彼らには、どれだけの
腸抜き肉(エル・スヴェントラメント)が
必要だというのだろう?
そして、その鶏の死骸の山の果てに、
連作障害にも惑わず、
打ち捨てられた貧者の躯は
キリストの国を見る事ができると言うのか?

その晩、デセチョは夢を見た。
彼は鶏舎に立っていて、
そこにいる無数の虫達の棟梁、
英国紳士の虫王ジファーが
彼に語り掛けてくるのだった。
「ああ!!貧者よ。
とても残念な事だが、
お前の願いは叶わない事が決まった。
そういう運命だからだ。
王の砂時計を覆す事が出来ない様に!!
だが、この鶏舎をお前は維持し続けるのだ。
そうすれば、お前は願いを失おうと、
糧により、生きる事が出来るのだから。」
悲しい事に、
黒い幼虫の言う言葉・・
それらが真実である事をデセチョは悟った。
それは何かの直感の様なものだ。
死を悟る病人の様な、
嘔吐と血反吐と達観の果ての直感。
私の願いは叶わない。
失われたのだ!!
デセチョは愕然とした。
全ては無意味だったという事だ。
勿論、そういう事も人生だ。
キリストが払い損なった税金は払わねばならない。
そういう決まりだ。
それはうんざりする程、
誰もが知っている事ではないか?
そうでなければ、この世では
屠殺された肉すら空を飛ぶだろう。
ならば、言われた様に、
鶏舎を!!
鶏舎を維持するのだ!!
生きる為に!!

しかし、その時、デセチョは黒い幼虫(オルガ)達が
例の木箱から出てきていた事を思い出した。
そして、大衆の芸術家の貧弱な作品の事、
数々のこの世の消耗品の事、
死んだ巨大なダニの思想の事を思いだした。
貧困だ!!
黒い幼虫は貧困であり、至る所にいる。
だが、それは物理的な貧困ではない。
全ては思想と発想の貧困ではないか!!
デセチョの中に不思議な怒りが湧いてきた。

彼は鶏舎に火をつけた。
なぜかはわからないが、
そうするべき・・という彼の
ギター弾きとしての直感がそうさせたのだ。
だが、火はすぐに消えてしまった。
「馬鹿な事はよせ。」
見上げると、そこに大衆の芸術家が立っていた。
彼はにっこり笑って言った。
「決まっている事なんだ。
いや、なに、
大変に気の毒な事だとは思うがね。
だけど君、
生きる術こそが重要なんだから。」
「いや。」
デセチョは言った。
確かに人は、殺された残骸を食って
生きなければならない。
芸術を侮辱し、高尚を殺し生きるのだ!!
だが、キリストの払い損なった税金は、
全員に課されている。
それはろくでなしだけでないのだ。
屠殺された肉の様に・・・
「心配しなくても、
誰もが皆いつかは死ぬじゃないか。
自分の持っているギターが壊れる頃には!!」
そう言ってデセチョは
巨大なダニが置いていった壺を掴んだ。
「よせっ!!!」
大衆の芸術家は叫んだ。
その口から大量の黒い幼虫が吐き出された。
幼虫達は言った。
「我はアリエナシオン(疎外)!!」
恐らくあれは懺悔だ。
デセチョは思った。
彼がいつかこの世界線では無い場所で流す涙であり、
決してする事のない後悔そのもの。
借金の一部払い(メノスクエンタ)なのだ。
だが、デセチョは壺を叩き割った。
壺の中から巨大な炎が燃え上がった。
炎は瞬く間に鶏舎に広がっていく。
「なぜ?
なぜなんだ?
お前の願いは叶わぬと言ったろう?
全ては無駄なんだ!!
なのに、なぜ足掻く?」
大衆の芸術家は炎の中で叫んでいた。
デセチョは言った。
その答えはあまりに簡単だった。
「存在する故に。」
すると、キリストという名の
あの雄鶏がやって来て言った。
「そうさ、
それが生きるという事だもの。」
そう言って、雄鶏(キリスト)は幼虫の王を啄み、
飲み込んでしまった。
すると、大衆の芸術家も炎の中に消えた。
炎はたちまち鶏舎中に燃え広がり、
全てを包み込み、灰に変えた。
夢の残骸に。
いや、それらはやがて現実の残骸となった。
焼け跡に立ち尽くすデセチョがふと、足元を見ると、
ギターだけが焼けずに残っていた。
その時、どこからともなくキリストの声が聞こえた。
「これからどうするのかね?」
デセチョはギターを担いで言った。
「何の願いも叶える事のないという
このギターを弾いて生きていくさ。」
すると、声は言った。
「無生産(げいじゅつ)の栄光(グロリア)!!
君、それが産業革命(じつえきしゅぎ)に勝つ
唯一の方法というものだよ。」
デセチョは笑って歩き出した。
その通りだ。
連作障害はやがて土壌だけでなく、
この世界の[生きる術]とやらにも及ぶだろう。

心配しなくても・・・
デセチョは思った。
生き延びようと、ただ、ぼんくらに生きようと、
最後に待っているのは死だ!!
鶏肉も、人間も、ギターも、
最後は土壌とのキスだ。
完璧な御高説をそんなに必死に叫ばずとも・・。
心配しなくても・・。
それがキリストの払い損なった税金を
払うという事なのだから。




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