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苔むさズ

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#20代の苦悩

「苔むさズ」 #07

「苔むさズ」 #07

ゴリさんの「秋の港でデート」特集の入稿と戻しの繰り返し作業は5-6回にものぼり、その後やっと責了となり、あとは刊行を待つのみとなった。

ゴリさんと2ヶ月近くペアを組んだ編集のヤマさんはこれまたベテランの体育会系男子でゴリさんと馬が合い、楽しそうに日々取材や撮影に忙しそうに動き回っていた。そこまでの二人の生き生きとした日々はこの1ヶ月間でいつのまにか、地獄の徹夜続きに変わり、二人とも口数が少なくな

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「苔むさズ」 #06

「苔むさズ」 #06

埠頭近くのカフェでマイセンをふかしながら待っていてくれたショウタ君の顔は憔悴しきっていた。

「コーヒーでも頼んでから座りなよ」
とショウタ君が言うので、そのカフェでこの後2人がかわす会話とその結果次第で、その後の夕食の計画は私の淡い期待に反して、急遽なくなるのだろうと感じた。

「オケー。」
と、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟くと私はレジカウンターへ行き、メニューからカフェオレを選んだ。

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「苔むさズ」 #05

「苔むさズ」 #05

ゴリさん担当の「港でデート」特別号の制作が始まった。ゴリさんは、モトヒロさんやタケシさん、ノリコさん達と違って、アンダーグラウンドやプロディジーやオアシスなんかをかけながらあーだこーだ語ることもなく、ひたすらに雑誌デザインに神経を注いでいた。

ゴリさんがデザインオタクというのではなく、それはゴリさんが元々ラグビーやスノボー・サーフィンを愛するスポーツマンであり、そこに注ぐ真っ直ぐでストイックなマ

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「苔むさズ」#01

「苔むさズ」#01

そこには、よく見ると全部で6人分のデスクと椅子が向かい合わせに片側3人ずつ座れるように配置された小さなデザインオフィスがあった。
真新しい12階建のビルの8Fを1フロア占領している大手出版社の編集部の片隅。
私がアルバイトで勤める小さなデザイン会社は、そこから港が見える1番大きな窓のある一角にスペースが設けられ、常駐する人数分の席が用意されていた。
このデザイン会社の本社は東京にあるのだが、
出版

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「苔むさズ」#02

「苔むさズ」#02

港がよく見える、真新しいビルの8Fで働く様になって1週間が経った。最寄駅からすぐ目の前に見えるのに、駅の周辺の道路工事のせいで回り道して行かねばならず、その10分程の徒歩の間に同じ編集部で働く顔見知りになったばかりのスタッフと気まずい空気で世間話をするのが苦痛だった。

デザイン部と言えば、初日に続々と到着した私以外の5名のデザイナーは男3名、女2名という構成で、皆20代。1番年上が27歳男性モト

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「苔むさズ」 #03

「苔むさズ」 #03

ロンドンのファッションやアーティストにアディクトしているタケシさんの度々の毒舌や、モトヒロさんの夕方出社に慣れてきた頃、サヤさんともう1人の女性で20歳のリンちゃん、24歳のラグビー好きゴリさんとも打ち解け、それなりにぎこちないながらもチーム全員と交流が持てる様になってきた。

初日にコルクちゃんに案内されて通されたデザイン会社デスクも、1ヶ月も経てば毎日当たり前の風景になった。
3月も終わりに近

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「苔むさズ」 #04

「苔むさズ」 #04

コピー・ペーストや連続コピー、オブジェクトの整列や配置といったグラフィックデザイナーなら誰もが覚えねばならない基礎知識に加え、グラデーションを使った質感の表現方法などの少々高度な技を覚えるのにも、幼少期から好奇心旺盛だった私はそう時間はかからなかった。
人間、興味のあるものはスポンジの様に吸収できるのだ。

ただし、ここまでできるようになるには、仕事場にいる時間だけでは足りず、帰宅してからの深夜の

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