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『door』(1999)

この話は高3の秋に書きはじめ、卒業前には書き上げていた、ルーズリーフ9枚のおはなし。
あとがきによると、プロットは前のペンネームの時にすでにあったらしく、すごく書きたかった話(らしい)。
ただ、プロット書いた時も、書き上げた後も、タイトルがなかったらしい。
いつもはプロット段階で仮タイトルがあって、それが本採用になるか、書いている途中で浮かんで決まるのに、この話だけはそうもならず。
読んでもらった友達からの感想にあった、「とびら」を英語にしてつけたので、自分で決めたといえないレアなタイトルです。
基本的に、誤字脱字以外、執筆当時の原文ママです。

            *
僕はあの夏、地獄にいた。
アイツに出会って、一瞬だけ天国になった。けど、もっと地獄に行く所だった。
そして、僕は天国に行けた。

            *
あれは、僕が10才だった夏のこと ――― 。

            *
僕はイジメに遭っていた。
学校の、同じクラスの男の子たちにからかわれていた。
僕は、いたって普通の子(と思っていた)だった。
背も高くも低くもなく、太ってもいなかったし、顔もまぁまぁだ。
勉強も運動も、少し人並みよりうまくできた。
特に目立つ要因もない。
一つ言うとしたら、おとなしかった。
幼なじみは女の子 ――― 美雨ちゃん。

おっと。僕の名前は和也 ― 当時 通称:かずくん。

            *
10才 ―― 小学5年に上がった年だった。

僕はいつものように、おとなしく生きていた。
新旧の友だちができた。
今年も楽しくやるぞ、とか思っていた。
幼なじみの美雨ちゃんも、同じクラスだった。

「かずくん、また同じクラスになれたね」
「うん」
2人で手をとり合って喜んだ。

そんな僕を、遠目で見ている奴がいた。

            *
担任の先生 ― 女 ― の取り決めで、グループを決めた。
男女混合で、男子の中には話した事のない子もいた。
美雨ちゃんは違う班だった。
「今日からしばらくの間、給食もそうじもこの班でします」
引っ込み思案な僕は、少し不安だった。

            *
その日から、僕の地獄は始まった。

I've been bullied since then.

            *
朝学校に行くと、机の上に見慣れないノートが積まれていた。
「ナニ、コレ??」
「同じグループだから、オレらの宿題やっとけよ」
「ナンデ?」
つぶやいたけど、彼らの目はコワかった。
僕は黙って彼らの分のノートに、やってきた宿題を写した。

けど、ノート提出の時間までに、彼らの分は間に合わなかった。
「○○くん、宿題は?」
「和也に同じグループだから頼んどいたけど」
「和也くん?そうなの」
僕は黙っていた。
「じゃあ、明日でいいから出しなさいよ」

授業後、彼らはやってきた。
「やっとけって言っただろ。何で出せないんだよ」
「間に合わなくて・・・」
「次からはちゃんとやれよ」

遠くで、美雨ちゃんが心配そうに見ていた。

次の悪夢を、僕はまだ知らなかった。

            *
「今週の給食当番は和也くんの班にお願いします」
何故僕の名が呼ばれるかというと、奴らに班長にされたのだ。
僕は知らなかったけど、奴らはみんなにおそれられてて、
みんな奴らの言う事をきいちゃうのだ。

みんなでクラス分の給食を取りに行き、配膳していく。
全員分を配り終えると、先生が合図した。
「手をあわせて、いただきます」

僕は自分の皿を見てびっくりした。
どの品も皿に山もりなのだ。
「和也どうした?喰わねぇの?」
「多いよ、こんなに食べられないって」
「お前細いから、沢山喰って太んなくちゃな」
「親切だよ。喰えよ」
僕は頑張って口に運ぶが、許容量以上は受けつけてくれない。
昼放課に残っても、ムリだった。
「先生、もう食べられません」
「しょうがないわね。 次からは食べるのよ」

僕は半泣きで食器を返しに行った。

            *
悪夢はグループ内では済まなかった。
奴らはみんなに、”和也がターゲット”とふれまわった。
楽しそうなんだ、奴らは。
僕はこんなパニックして、
     傷ついているのに ―――

            *
「かずくん、最近いやがらせされてるみたいだけど、大丈夫?」
「そりゃ辛いよ。辛いけど・・・」
「ケド?」
「はむかってかなう相手じゃないし、そんな勇気ないし」
「デモ・・・」
「大丈夫だよ。美雨ちゃんは心配しなくていいよ」

あ゛ー。強がっちゃって。
本当は学校には行きたくないくらい辛いのに。

僕はちっとも悪くないのに。
そうだよ。”火のない所に煙は立たない”って言うのに。
何でくすぶってるの?
何で誰も水をかけて消してくれないの?
その火は、だんだん燃えさかってゆく。

            *
朝、いやいや学校に行った。
「おはよう」
シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
机の上を見ると、ノートの山。
「これは?」
「宿題。今日はおれらの友だちの分もよろしく。
 提出に間に合うようにやれよ」
僕は半泣き、いやナミダが出てた、でノートの山と戦った。
「かずくん、おはよ・・・」
美雨ちゃんはびっくり顔だった。
「手伝おっか?」
「ううん。美雨ちゃん、大丈夫だよ」
僕は放課もかかって何とかやりとげた。

「和也よくやったな。今日はおまけ付だ」
その日の給食はいつもより山盛りだった。

その日も、やっぱり食べきれなかった。
「先生、ごめんなさい」
「和也くんどうしたの?」
「山盛りに入れられて・・・」
「誰に?」
僕は言えなかった。
「和也くん??」
「イヤ、イイデス。何デモナイヨ・・・」
僕は先生の目の前から去っていった。

            *
僕の10才の小っさな脳みその中で、いろんな事がグルグル回る。

――― 男だろ、和也。あいつらにガツンと言ってやれよ。
でもそんなこと言えないよ、怖いし ―――
――― 先生に言いつければいいじゃん。
そしたら、どうなるかわかんない ―――

何だか胃が痛くなってきた。
”学校行きたくないなぁ”

そうだよ、僕が何したって言うんだよ ―――

            *
仮病を使って休もうとしたけど、母は僕を学校に連れてった。
そして、机の上には日課。
「和也、今日もたのむぜ」
遠くで心配する美雨ちゃん。
何にも知らない女担任。

Here's a hell for me.

遠くで、ウソ800な陰口が聞こえる。
そのうち、宿題できないと、放課にリンチされた。
「かずくん、その傷・・・」
「あ、ころんだの。自転車乗っててさ」
「それにしてもヒドくない?」
「けっこうハデにころんで。僕おっちょこちょいだしね」

強がれる相手は美雨ちゃんだけなんて少しカナシイけど、
美雨ちゃんだけには迷惑かけたくないから。
She is my Heaven.

あんまりボコボコにされて傷だらけの体で、僕は家に帰った。
「おかえり和也・・・ どうしたのそれ??」
僕は黙って部屋に入った。
母は後からついてきて迫った。
「和也どうしたの?こんなにいっぱい傷つくって。
 イジメにでも遭っているんじゃないの?」
僕は黙ってた。それしかできなかった。
「そうなのね??辛いんでしょ?
 先生に相談しよう。お母さん言ってあげるから」
「それはヤメテ・・」
「何で?」
「モット ヒドクナル・・・」
「何言ってるの。先生に言えば大丈夫よ」
母はそう、力強く言ったが、僕は1ミクロンもそうは思ってなかった。
「早速明日、学校に行こう」
母は学校にアポを取りに階下に下りた。

母は火に油を注ごうとしている。

" It's time to kill"

翌日、授業後にムリヤリ三者面談がもたれた。
「だいたいの話はお母様からうかがったのだけど、
 和也くん、本当なのかしら??」
僕は黙っていた。何も言いたくなかった。
「和也くん?」
「ホラ、和也」
2人してムリヤリ背中を押してくる。
「何も言うことはないです」
2人は青ざめた。
「和也、その傷はイジメられたんでしょう?」
「ここで何かを話しても、何も変わらないよ」
担任は僕をじっと見つめた。
「イジメの事実はあるみたいですね。
 誰にやられたの?」
僕は逃げ出したいキモチ山盛りだった。
脳裏には美雨ちゃんがいた。

「お母様、少し2人にして頂けますか?」
外は薄暗くなりかけていた。
「和也くん、黙っていたら分からないのよ。お願いだから教えて。
 誰がやったの??」
僕は先生に背を向けて、去ろうとした。
その腕をつかみ、先生はイスに座らせた。
「何故気付かないんですか?
 担任の先生のくせに。やっぱりメンドウだもんね」
担任の顔は紅潮してきていた。
少し、怒りが感じられた。
「何とかするから、教えてくれない?」
彼女の低姿勢は怖かった。
僕は、逃げた。
「母さん、話終わったから帰ろ」
母の手を取って、走った。
校門まで着くと、手を離して落着いた。
「どうしたの?」
「先生、役に立たないよ」

母はポカンとしていた。

            *
夏休みも少し見えかかってきた。
小5になってから2か月になっていた。
地獄になってから、早2か月 ―――

友達が、美雨ちゃんしかいなかった。

今日はプールの日だった。
「今から自由時間です」
僕は泳ぎ疲れたからプールサイドに上がろうとした。
その時、下からひっぱられた。
「和也、遊ぼうぜェ」
奴らだった。
プールの端で、水中に顔を押しつけられたりした。
「くるっし・・」
苦しくてもがいても、やめてはくれない。

ピィーーーーーーーーーーーーー。
「今日は終わりです」
プールから上がると奴らはつまらなそうな顔をした。

僕はまだ、この現実の中でもがいていた。

            *
夏休み目前、短縮授業中、僕は地獄におちた。

     一 人 に な っ た。

「和也、お前いっつも美雨といるよなー。
 こいつ、女じゃねぇの?? かーずちゃん」
「女としか遊ばないなんて、だらしねェ」

お前らのせいだって思った。
すごいからかいの嵐。このままだと美雨ちゃんも危ない。
僕は決めた。

「和也くん、一緒に帰ろ」
その一瞬間、みんなの視線が集中した。
「げた箱で待ってて」
美雨ちゃんは首をかしげて外に出た。
僕は5分してから外に出た。

「和也くん、どうしたの」
「あいつらにからかわれたんだ。美雨ちゃんとしか遊んでないって。
 だから、もう美雨ちゃんとは遊べない」
「何それ?? 私そんな事気にしないよ。
 サミシイ事言わないでよ」
「美雨ちゃん、ごめん」
僕はその場からダッシュして、消え去った。

―― キミを巻き込みたくないからだって。それだけなのに。
僕は自ら一人になった。 (原因奴ら等100%)

My heaven is gone ―――

その日、僕は自分の家に居場所を見つけた。

            *
僕の部屋は2階にあるのだけど、壁にドアっぽいものがある。
小さな頃はたいして何も思わなかったけど、今、気になる。
一人になったせいだろうか。
僕はそのドアに近づいてみた。ドキドキしてきた。
ドアみたいなのだけど、ノブはないのだ。開くのかな。
手にふれて、押してみたら、意外にカンタンに開いた。

階段があった。
おそるおそる、登ってみた。ギシギシいった。
窓でもあるのか、光がさしてくる。

登りきると、僕はびっくりした。
そこは、屋根裏部屋で、わりと広い空間だった。
書棚に本がびっしりとつめこまれ、中央にロッキンチェア。
   今はもう動かない古時計。
   古びた木製の机。 フォトスタンド。
   天井には、わりと豪華なシャンデリア。
   埃まみれのテディベア。
フォトスタンドには、父に似た人のPHOTO。
ロッキンチェアに腰かけてみた。
それは何年ぶりに人を揺らしたのだろうか。

ここは、学校にはない安らぎで満ちていた。
頭の中いっぱいだった奴らのヴィジョンはoffされていた。

「秘密基地みたい」
僕が支配できる、僕の場所。
「とりあえず、今日は戻ろう」
母にバレたら、つまらなくなる気がした。
抜き足差し足で階段を下り、ドアを閉めた。

            *
「明日からいよいよ待ちに待った夏休みです。
 宿題もちゃんとやって、楽しく過ごして下さい」
通知表もまずまず。
けど、所見欄にこう書かれていた。
『少し協調性に欠ける所があります。友達に積極的に溶け込みましょう』
フザケンナ、と思った。

やっと、(40日間)奴らから解放される。

けど、それは一人ぼっちの40日をも意味した。

僕は荷物を抱えて、走って家に帰った。一人で。
わき目もふらず、 ―― 奴らも、美雨ちゃんも、女担任も。

「タダイマ」
ダイニングに通知表を放っぽって、2階に上がった。
深呼吸して、ドアに手をかけた。
階段を上がり、ロッキンチェアの埃をはらった。
「そうじしないと」
バケツに水をくみ、雑巾がけした。ピカピカになるまで。
そして、お気に入りの本やおもちゃなどを上げた。

「デ キ タ」
僕の王国。

            *
僕の家は共働きで、父は出張等でほとんど不在だった。
休みの間、誰にも知られずに、王国で過ごした。

けど、一つ最悪なポイントに気づいた。
僕の家の目の前は、学区一の公園。
毎日、奴らが遊んでいるのが目にうっとうしいくらい見える。

そして、僕は出会った。

            *
その日も、王国でボーっとマンガを読んでいた。

「カズクン、カズクン」
誰?母のコエでも父のコエでもない。まして奴らでも。
「カズクン」
うっとうしいから、振り返ってみた。

「うわあァ」
ナンダコレ ――――― 。

僕はマンガを投げ出し、後ずさりした。
「逃げないでよ、僕はパック。妖精だよ。
 キミがあんまり寂しそうだから、友だちになりにきた」

           ????
「ヨウセイ??パック??トモダチ??」
頭が混乱してクラクラしてきた。
パックが促すままに深呼吸した。
     フゥ。
「キミはどこから来たの??男? or 女?」
ロッキンチェアに腰を落ち着け、宙に浮くパックに話しかけた。
「妖精の国。僕は男でも女でもなくて、中性。
 『パック』と呼んでくれれば、いつでも一緒にいるよ。
 ただし、この部屋だけで」
まだ、頭はイスのごとく揺れていた。
「今日は帰ってくれる?ちょっと頭ン中整理したいから」
うなづいた彼は一瞬のうちに消え去った。

     ナ ニ ??
10才の脳みそがフル回転している。
妖精、パック、中性、   友だち。
トモダチ?? ――― 友だち。  欲しいなァ。
窓から外を見れば、奴らは公園で遊んでいる。遠くに美雨ちゃん。
     パック = 友だち??
「わけわかんないや」
けど、思った。 ――― 友達が欲しい。もう一人はイヤダ。

王国から自室に戻って、ベッドに寝ころんだ。

            *
しばらくの間、パックというものが怖くて、王国にふみこめなかった。
けど、一人ぼっちに耐えられなくて、ドアに手をかけた。
「パック」
呼ぶとすぐに、彼は現れた。
彼はニコニコしていた。
「友だちが欲しいんだ」
僕はおもいきって言った。10才の僕の、切実なネガイだった。
「うん。友だちになってあげるよ。何して遊ぶ??」

その日から、とりあえず僕は一人じゃなくなった。
いきなり現れたパックに、最初はうさんくささを感じていたけど、
それもなくなり、毎日が楽しかった。

「パックは友だち沢山いるの?」
「うん。たっくさんいるよ」
「イイナ。一人じゃなくて」
「カズくんも、もう一人じゃないでしょ」
そのコトバは、10才の僕にはうれしすぎた。

友だちがいつのはやっぱ楽しい。
幼い僕は、のん気にそう思っていた。

            *
パックは外が暗くなってきて、ママが帰ってくる頃には、自分の国に帰ってしまう。
「忙しいんだね、パックは」
僕はのん気にそう思っていた。

――― 妖精の国。
「王様、見つけました。今回のターゲットを」
そのパックの目は、いつも和也に向けているのとは明らかに違う。
彼が”王”と呼ばれる人に渡した紙には、和也の写真がついていた。
「うまくやれよ、パック」

            *
一人遊びに慣れてきているのに割とイキイキしている僕を見て、
母は不思議に思っていた。
「美雨ちゃんとは遊ばないの?」
美雨ちゃん ――― きっと、今は僕の事キライだろうなァ。
「うん」
母は心配そうな顔をしていた。
「私が仕事をしていなければ、つきあってやれるんだけど・・・」
「大丈夫。宿題もあるし、やる事はたくさんあるもん」
僕には、パックのために王国を守る義務があった。
「ならいいけど・・・」
母のコトバは渋っていたけど、さっきほどの心配もうかがえなかった。

そんな僕をパックが見ている事に、全く気付いていなかった。
僕は完全にハマっていたのだ。

イジメによる精神的弱さと、
          そこにつけこもうとしているevilに。

パックが、僕の唯一の友だちだったから。

            *
時々僕は美雨ちゃんの事を考えていた。
自室で宿題をしたり、ボーっとしている時も、王国にいる時も。
それは言わずとパックに知れていた。
「カズくん、たまに誰かの事考えてない?
 キミは周りの人間に傷つけられたはずだよ。なのに何故?」
僕は黙った。
パックの考えてる事がちょっとわからなくなった。
「カズくんの友だちは僕だけだよ。
 僕が現れるまで、一人でサミシそうな顔してたじゃん」
「そうだね」
隠した僕のキモチは、パックにバレていたみたいだ。
フト、
窓の外に目をやった。
いじめっ子たちがギャーギャー遊んでいる。
遠くに美雨ちゃんがチラッと見えた。
元気そうでホッとした。

            *
パックの計画は着々と進行していた。
「王様、ターゲットは何も知らずに、我々の計画通りです」
「そうか。そろそろだな」
「ハイ。最終段階まで、もうあと少しでございます」
パックはかずくんを想った。
「バカなガキだぜ」

            *
10才の、一人ぼっちの僕にとって、
パックの唱えた”友達”という呪文は、かなりうれしかった。
今思うと、そんな僕のサミシサを逆手にとられてた。
子供の持つ、純粋なココロを、もてあそんだんだ。
彼は、中性のfairyなんかじゃない。
pureなモノをキラう、ただのevilだ。

そう、邪悪なモノ。
けど、10才の僕には、友だちだった。
その時までは。

            *
時々、公園から我が家を見上げる美雨ちゃんが見えた。
あんなヒドイ事言った僕を、心配してくれてるのだろうか?
パックの目の前でも、窓越しに美雨ちゃんを見てた。
それを、パックはチャンスと思ったんだろう。
「ねぇ、カズくん。友だちもっと欲しくない??」
     え??   たくさんの友だち?!
「う゛ーん。ちょっと考えていい?」
パックは宙に浮いて、僕の考える様子を見ていた。
   たくさんの友だちかぁ。悪くはないかも。
   でも ―― 僕を傷付けたりしないのかな。
「パック、その人たち、僕をイジメたりしないのかな?」
パックは微笑んだ。
「そんな事しないよ。僕みたいな人たちばっかりで、イイ人ばっかり」
「どうやって友だちになるの?ここに連れてくるの?」
僕は手に持っていたレゴを握りしめた。
「キミを天国に連れてってあげる。友だちのたくさんいる所へ。
 カズくんを傷付けるモノは、何一つない所へ」
   ふと、教室を思い浮かべた。
     机につまれたノートの山。
     陰口。リンチ。奴らのコエ。
     何も知らない女担任が1人。
     遠くで見守る美雨ちゃん。
        う゛―――――ん。
「チャンスは1回しかないよ。誰でも行ける所じゃないんだ
 カズくんが僕の友だちだから行けるんだ」
「もし行くとしたら、いつなの??」
「明日だよ。急がないと。どうする?」
「もう少しだけ待って。考えさせて。1人にして」

パックは消えた。
1人になった僕は考えた。
   味方なのは美雨ちゃんだけだった。
   けど、自分でそれを断ち切ってしまった。
   今、1人なんだ。
   パックの言う天国に行けば、言う事が本当なら、
   もう傷付かなくてもすむ。
   辛くないんだ。

相談する人はいない。
そこが本当に天国なら ―――――
「行きたいかもしんないな」
つぶやいた瞬間、パックが現われた。
「本当に??うれしいな。カズくんといれるんだ」
パックは1人ではしゃいだ。
「明日迎えにくるから。用意するのは、カズくんの宝物。
 それだけでいいからね」
何でパックがこんなにうれしそうなのかわかんないけど。
パックが消えて、王国に残った僕は外を見た。
「美雨ちゃん ――― 」

            *
僕は宝物として何を持っていくか考えた。
レゴもいいけどな。たくさんあるし。
引き出しもあさっていろいろ探してみた。
「あっ」
出てきたのは、美雨ちゃんがくれた四つ葉のクローバー。
―― かずくんにイイ事があるように。
そう言って、しおりにしてくれたんだっけ。
これにしよう、宝物は。
僕は傷付けない唯一の美雨ちゃんからのプレゼント。

しおりを手に取って、しばらく色々考えた。
目を閉じると、いっぱい浮かんできた。
     楽しかった事タチも。
     つまんなかった事タチも。
     いじめっ子も。
ここを離れてパックの元へ行くと決めたとたん、
急に色んなモノが愛おしくなってきた。
     思い出チックになってきた。
「なんでだろう?」
怖い程、たくさんのモノや、
    たくさんの人や、
    たくさんのコトが、
    僕にとって限りなく遠い存在になってゆく。
そう、それがナゼか怖いんだ。

もう少し考えてみた。
ナゼ、美雨ちゃんとこんな風になっちゃったんだっけ?
そうそう、僕がヒドイ事言って去ったんだ。
何でそんな事言ったんだっけ?
えっと・・     う゛――ん。
そうそう、美雨ちゃんを傷付けたくなかったからだ。
奴らの指令をがんばったのも自部の意思だし。
今よりヒドクなるのがイヤだから担任から逃げたっけ。
確かに辛かった。 イイ事なんていっこもなかった。
          けど、
それは自分の意思だったんだ。
10才のちっぽけな脳みそでいっぱい考えたんだ。
そうだ、今回の事も考えるんだ、いっぱい。
本当にパックはイイ奴なのか。
連れてってくれる先に天国はあるのか。
沢山の仲間はいるのか。
そして、パックは僕の友達なのか ―――

目をつぶってみた。
時計の秒針のビートが響いた。
「決 め た」
僕、和也10才の決断。

             *
パックはカズくんの心境の変化や葛藤なんて知らず、
計画の90%成功を喜んでうかれてた。

浅はかだったのは、どっちだろう?

            *
パックは計画の最終チェックをして、カズくんが呼ぶのを待っていた。
和也は美雨ちゃんのクローバーを手に、深呼吸した。
王国行のドアをゆっくり開け、中に入った。
     「パック」
待ってましたと言わんばかりに、パックは現れた。
「カズくん、宝物は?もう行くよ」
僕はつばをゴクリと飲んだ。
クローバーのしおりをパックに見せた。
「これが宝物?ずいぶんチンケだね。
 まぁ、10才だし、仕方ないか」
僕はパックの目を真っすぐ見た。
「これは、美雨ちゃんが、僕のために探してくれたんだ。
 四つ葉のクローバーは、幸せを運んでくれるのよって。
 僕は、奴らから美雨ちゃんを守ってあげたかったから、
 ヒドイ事言ったんだ。 仕方なかったんだ。
 パック、ごめん。一緒には行けないよ。
 美雨ちゃんと仲直りしないといけないから」
クローバーを持つ手は震えていた。
パックの目が驚きに満ちていた。
「カズくん、一緒に行くって言ったじゃん。
 その子1人のために、天国を捨てるの??」
「もうその手にはノラないよ。
 僕が甘かったんだ。弱かったんだ。
 だから、行かないよ。今まで遊んでくれてアリガト」
王国に背を向けた。パックはココにしかこれない。
ドアに手をかけた瞬間 ―――
「そんなに頭の働くガキとは思わなかったぜ。
 どうしても行かないって言うなら、こっちにも手がある」
パックの顔が、化け物みたいになっていた。
ドアを開けたら逃げれるのに、開かないんだ。
化け物パックはどんどん近づいてくる。
「タスケテー。タスケテー」
「叫んでも誰も助けてくれないよ。ほら、行くよ」
もうだめだ ――― 。 その瞬間。
「かずくん?? どうしたの??」
どこからともなく、美雨ちゃんのコエがした。
「美雨ちゃん?? タスケテー。連れてかれちゃうよ」
そのコエがどこからするのかわかんなかったけど。
   10才の僕は必死だった。
パックの力よりもすごく大きな力が、僕を包み込んだ気がした。
     ヴァ ――――― 。

            *
何だかよくわからないけど、気がついたら1人だった。
手に、クローバーを持ったまま倒れていた。
「パック??」
つぶやいても、もう現れる事はなかった。

            *
次の日、僕はクローバーを持って、美雨ちゃんをたずねた。
「美雨ちゃん、この前はごめんね。
   あと、助けてくれてありがとう」
美雨ちゃんはきょとんとしたけど、にっこり笑ってくれた。

2人して、手をつないで公園に出かけた。
もう、いじめっ子も怖くなかった。

            *
僕、和也が10才だった頃の、
   不思議な夏の日々。

                    end



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