公園から始めるみんなで子育て【ケレケレパーク構想】 前半〜ケレケレを振り返る〜
という投稿をしたところ、思いのほか反応をいただけて嬉しく思っている
一平です。
今回はこの考えにいたった経緯等をnoteでお伝えできればと思います。
固定費をさげて幸福度をあげたい話
というnoteを書き、知名度にしてはまぁまぁの反応をいただきました。
ここから「住みびらきのお家ケレケレ」というシェアハウスを実際に始めてみていろいろな気づきのあった1年半でした。
前半では今までのケレケレを少し振り返ってみたいと思います。
「住みびらきのお家ケレケレ」を始めてみて
・夫婦の可能性が広がるお家に住みたい
・いろいろとチャレンジしてみたい
・雇われずに自立してみたい
など色々な思いを持ち古民家に移住しました。
でも1番の思いは、「子育てのしんどさをなんとかしたい!」というものでした。「子育てなんてあっという間やから今を楽しみなさい」確かにそうやけど、朝から晩まで子どもを中心になる生活は今までの夫婦生活とはかけ離れており、まして都会で過ごしていると本当に家族や友達(が近くにいれば良いが…)以外のつながりがなくなります。
ほっと一息つくも難しい。そんな状況がなんとかできればなぁと切実に思っていました。
ケレケレはフィジー語で「共有・お願い」の意味です。
フィジーでは誰の子どもとか関係なく、コミュニティーみんなで子育てをします。
ケレケレについてはこちらがわかりやすいと思いますので参考までに。
こんな環境ができればよいやろなぁという思いと、名前の響きから「ケレケレ」という名前に(”テケテケ”とか”ケロケロ”とかに間違われますが、、、笑)
「住み開き」=住宅の一部を無理のない範囲で解放することだそうです。
住み開きの提唱者アサダワタルさんの記事はこちら
なぜこれを思いついたのかは分からないのですが、いろんな人が来れるって良いなぁと思い、この住み開きを組み合わせました。
まずはじめてみた「子育てDay」
せめて「月曜日はみんなで子育てできるように」と知名度のないときから古民家を解放してみようと始めてみた企画。ほんまに人集まりませんでした笑(今思えば私らどんな人かわからんし、NPOや地域の団体さんをもっと頼って宣伝したらよかったなーとか思っています。)あと、人の家に気軽に来る感覚ってないよなーと反省。
その時私は小学校教員をしていたので、ケレケレ嫁に全部任せっきりでしたが、思えば、それでは食べてはいけなかったなあと思います。
バリエステやスリランカ料理教室なんかもありました。
ケレケレ嫁の量り売りやゴミを減らしたいという活動から
朝日新聞にも掲載していただきました。
ここから少しずつ、地域の方にも知っていただいた気がします。
初めての住人 自称魔女 あだ名は「ねこちゃん」
シェア農園や絵画教室、写真撮影、料理教室等、色々なイベントで少しずつ人が集まってくるようになったある6月。
「1万円でもよいから人が住んで欲しい」と、まだまだ改装していないお部屋を貸し出そうとジモティーに掲載。すると…
「明日などは無理ですかね……?」
「え!!」
となっていたんですが2日後に来ました。
帰ってきたら自称魔女とケレケレ嫁が縁側に座っていた光景は
今でも忘れることができません。笑
結局その日から住み始めた彼女。笑
今ではなくてはならない存在になりました。
写真は後日、山の中で魚を掴んでいる彼女。
その後、少しずつですが知り合いの知り合いのような形で
色々な人が短期で利用してくれるようになりました。
結婚式もしました。
10月10日は私たちが出会ったフィジーの独立記念日。
・その日を結婚記念日にしよう!
・普通の結婚式は嫌やから、自分たちなりの結婚式がしたい
ということで、誰でも来れる結婚式をしました。
この様子はまたどこかで
住みびらきの「シェアハウス」に
2021年11月。
シェアハウスの営業許可をとることができ本格的にシェアハウスとして営業を開始することができました。
ケレケレに短期滞在後、2ヶ月戻ってきてくれたみどりさん。
年末年始を過ごした大学生のりょーかちゃん。
タンザニアと日本の2拠点ワーカーあーや。
2週間からなんだかんだ延長しまくって、神戸に住み着いたごっちゃん。
ごっちゃんの体験記はこちら
家族の定義が広がるあーやの体験記はこちら
など他にもたくさんの人がケレケレで過ごしてくれました。
何人きたか数えとけばよかったなぁ。
前半、疲れたのでこれぐらいにしたいと思います。
後半、ケレケレで家族の在り方や子育てがどう変わったのか?を中心にお伝えできればと思います。
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