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もう一つの職員室

もうずいぶん前の話になるが、私が通っていた高校には職員室が二つあった。

愛知県の名古屋市から少しだけ郊外に逸れたその高校はそれほど歴史はなかったものの、割と文武両道を目指していて、進学率も高く、評判が良かった。

ただし、校則がめっちゃ厳しい事は別として。

そう、管理教育とか言われていた時代もあったからそのような学校は他にもあったと思うし、今でもあるとは思う。

私立高校のカバンからセーターからローファーに至るまで学校指定の物を使いなさい的な厳しさではなく、やはり管理されている感じが否めないのは事実だった。

男子は長髪禁止、もちろん髪染めもダメ。女子は髪の毛が肩にかかる長さになったら結ぶとか、スカートの丈まで細かい規定があった。

でも今時々ネットニュースなどで問題視される元々色素が薄い生徒や髪の毛が生まれつき天然パーマの子は例外的に許されていた。変な地毛証明書なんて聞いたことはなかった。それをズルいと言う生徒や保護者、教師もいなかった。

毎朝、学校の校門前で服装のチェックが入った。大体が体育教師だ。
私や友人達は密かに彼等体育教師のことを「頭も筋肉で出来ているんちゃうか?」と心の中では馬鹿にしていた。

そんなどうでもいいような校則を必死になって私達の服装チェックをしている様が少々行き過ぎだろうと思わざるを得なかったからだ。
大体服装がきちんとしているから、生活態度や成績が上がるものではないことぐらい高校生にでもなればすぐにわかることではないか。

まあ、それでも担任を持っていたり、その服装チェックが楽しくて仕方ない体育教師達が入って行くのが、メインの職員室だ。便宜上A職員室と呼ぶ。

A職員室は基本的にそのような管理教育を是と考える先生たちが集まっている。校長や教頭もこちらにいる。体制側である。

ところが入学してほどなく経つと、どうも別の職員室があるということを私達生徒が知ることになる。

便宜上B職員室と呼ぶ。こちらは担任を持っていなかったり、音楽や美術といった大学受験にあまり影響のない科目の先生達もいた。あ、でも国語は現国はA、古典はB。英語もリーダーはB、グラマーはAだったりするので、ちょっとめんどくさい時も正直あったような。
とにかくB職員室は服装チェックや細かい校則規定に興味がないか、反対の先生達が集まっているのだった。

A職員室の先生達が私達生徒を子どもだと考え、なんでもルールを決めてそれらを守らせる事でなんとか道から外れるのを防ごうと躍起になっているのに対し、
B職員室の先生達は、私達生徒を一人一人の大人として接し、学問以外の事は一切どうでもいいという人達ばかりであった。また、B職員室の先生達は決して朝の服装チェックには参加しなかった。たぶんボイコットしていたのだろうと思う。

かように先生達が別々の職員室を持っていると言うのはなかなか特殊な学校だと思うのだが、それだけ意味の分からない校則がたくさんあって学校側はそれをなんとしても守らせたい事に必死になっていた証拠でもある。

でも今思えば私達高校生という存在は、時には子ども扱いされたかと思えば、時には大人のように決断を迫られたり、責任を負わされたりするとてもあやふやな存在だ。
自分自身のアイデンティティもふわわーんな時期でもある。反抗心はあるし、親も教師も、時には友達同士ですら、うぜー!となるややこしい年頃。

そんな時に、一番身近にいる教師達が真っ二つに分かれているのを見るのはなかなか興味深い経験であった。たぶん全校生徒がそれを感じ取っていただろうと思う。

大人だって、教師だって一枚岩じゃないんだと。

そう、この考え方は後々、私たちの人生をどれだけ豊かにしてくれたことか。

皆違ってて、それを主張して何が悪いのだろうと。先生たちが全員A職員室に居たら私達は決して学ぶ事が出来なかった経験を、価値観をB職員室の先生達が教えてくれたように思う。

だからへんてこりんな校則もとりあえず守っておいて、学校を一歩出たら私達は好き勝手にしていた。そんな風に上手に生きて行く方法や、時には嫌だと思うことにきちんとNOが言えると言うことを教えてくれたのだ。

今もあの学校にB職員室はあるのだろうか。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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