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インドのひとたちとわたくし。(124)-女性と仕事、そして人生

 オフィスでは普段、ブラウスとジーンズ姿でいる総務のアンキタが、今日は素敵なクルタ(ひざ丈のプルオーバー)をまとっている。薄いピンクのノースリーブで裾に向かって細かい花柄が散らしてあり、さらに同じ柄だがより薄い生地のロングカーディガンを羽織っていてとてもエレガントだ。ボトムは鮮やかなグリーンのレギンス。髪をアップにしていることもあって全体のバランスがすごくいい。少しスマートになったのかな。

 「今日は素敵ねえ」と思わず声をかけると、ちょっとはにかんだように笑ってから、声を落として「実はダイエットに成功したの」と打ち明けてくれた。わーやっぱりそうなんだ。
 数か月前、私が家からポットで持ってくる麦茶に興味を示し、「それ、痩せる?」と聞いてきたことを思い出した。「うーん、ウーロン茶のほうが効果あるかも」と、適当なことを答えたのだった。日本の麦茶はこちらで買うのが難しいけれど、中国のウーロン茶葉なら通販サイトにもあるからだ。
 そうしたらアンキタはこの3カ月、朝昼晩とウーロン茶を飲み続けたのだそうだ。もちろん食べるものやなにかにも気を遣っての結果だとは思うが、成果があったことは喜ばしい。特に結婚後、男女ともにふくよかになっていくのが当たり前のこの社会で減量に挑むのは、かなり強固な意志と根気が必要だ。夫と夫の両親に加え小さい男の子もいる家庭でこれをやるなんて、すごいなアンキタ。
 彼女には5歳になる男の子がいて、本当ならこの春からプレ・スクールに通うはずだったのだがパンデミックによるロックダウンでずっと家にいることになった。ウェブ・ミーティングをするといつも賑やかな子どもの声がどこかでしていて微笑ましい。
 たまに会社に連れてくることがあるが、男女問わずスタッフのみんながきちんとこの子と目の高さを合わせて挨拶し、お菓子を食べさせたりトイレに連れて行ったりと、なにくれとなく面倒をみているのはこちらのひとの偉いところである。

 品質管理責任者のスニータもまたおしゃれなひとで、こちらは割とちょくちょくエスニックなドレスを身に着けている。深い赤や金色があしらわれているのが好みみたいで、すごくゴージャスだ。ドレスの色に合わせて両手首に細いバングルをいつも10個ずつくらいはめている。いったいこれ、いくつ持っているのと聞いたら、「わからん、家にありすぎて数えたことない」わはは、と笑っていた。
 今週からメトロが路線ごとに順次、段階的な運行を再開している。が、ファリダバードから遠距離通勤しているスニータにとってはまだ、全線開通でないのでメトロだけでは会社にたどり着けない。以前、彼女と約束したとおりのルールでしばらく様子を見ることになった。出社は月曜と木曜、それ以外は在宅勤務。会社に来るときは自分でUber を手配するが、帰途は私たちが使っている会社の車で家まで送る。Uber 代は本人と会社の折半だ。
 スニータは、少し前に自家用車を購入していて、車の引き渡しの日はディーラーから大きな張りぼての「鍵」を受け取るセレモニーまでやっていた。家族全員と車の前で記念写真を撮るのだ。夫と夫の弟までやってきて写真に納まっているのを見せてもらった。
 なのに長距離運転が慣れなくて怖いからと、実は通勤は自分で運転していない。Uber が手配できないときは運転代行を頼み、自分の車を派遣されたドライバーに運転してもらって会社にやってくるのだ。お金がもったいないから早く運転練習しなよと思うのだが、ファリダバードからここノイダまでのドライブは高速を使ってもふつうに1時間以上はかかる。このあいだみたいな突然の大雨で視界が悪くなったりすると、確かにひとりでは怖くて立ち往生するだろうな。無理はさせられない。

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 アンキタもスニータも夫の両親と同居している。二人ともフルタイム・ワーカーなのであるが、義父母になにかあると面倒をみなくてはならない。高齢だから定期的に病院へ連れて行くのは当たり前だし、家の中で転んで腕を骨折したみたいなこともたまにある。
 以前、会社にいたネェハは、夫が家のことにまったく無関心で、幼い子どもと義父母の面倒、さらに地域の行事まで自分ひとりでこなさなくてはならないと会社でシクシク泣いていたが、アンキタやスニータはネェハよりは年かさで精神的に落ち着いているし、聞いていると「今日は夫が病院に付き添った」などと述べているので、『ワンオペ』状態に陥ってはいないらしい。

 もちろん中にはネェハのところのように、「何にもしない」夫たちもいるだろう。家にお手伝いさんを置いておける裕福な家庭なら、妻は家事の「仕切り」だけやってあとは仕事や趣味に専念できるが、一般的な共働き家庭では、家事育児の負担はどうしたって妻のほうにかかってくるようだ。
 いっぽう、ドライバーのパンディットは妻が病弱ということもあって、自宅の掃除や料理は自分でやる。ランチも自分で作った弁当持参だ。スミットもヴェジタリアンの妻になんとか卵を食べさせるため、頻繁にキッチンに立っている。野菜の値段にも敏感なので話が合う。昨年、初めての子どもが生まれた美容師のイムランは育児が楽しくてしょうがない。「ウチでは『妻も育児に協力』してくれるんだ」と胸を張っていたのが、聞いていてなんとも新鮮だった。

 インドのジェンダー・ギャップ指数ランキングは153ヵ国中、112位。121位の日本よりは上なのであるが、男性に比べて雇用機会が限られ、給与額も低い。また、上級職に至るほど女性が少ないというのは、日本で言われていることとほぼ同じだ。
 だけれども肌感覚として、ビジネスの現場では普通に女性の管理職やCEO に出会っている。うちの会社でも男女比は半々、女性のエンジニアもいる。
そんなにたくさんは知らないが、在インドの日系企業では、受付が女性ばかりであったり、若い日本の女性が来客を出迎えたりするところがあって、インド企業でそういうことはないから、逆に驚いたりもしたのだった。
 もちろんこれは、都市部の中産階級以上のひとたちの話である。貧困層や農村部では、教育の機会もなく10代前半で嫁がされる女性もたくさんいるし、ダリット(不可触民)であると幼少のときから性暴力に晒され、最悪、殺されても、そもそも事件として扱われないことも多い。

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 実は今、政府は女性の法定結婚年齢を18歳から21歳に引き上げることを検討している。ジェンダー平等と妊娠出産のリスク減を図るのが目的なのであるが、これをすることでかえって農村部では、法廷年齢まで結婚させられないティーンエイジャーの女の子が増えることを疎むことになると指摘するひともいる。今だって稼ぎ手として重用されるのは男の子なので、生まれるのが女の子と判ると中絶してしまう例が後を絶たない。

 生まれ、そして置かれた環境によって著しくリスクが異なるインドと日本と、どちらが女性にとって生きやすいかを一概に論じることはできない。 が、今の私自身が置かれている環境に限って言えば、周りの女性たちはみなプロフェッショナルとしての誇りをもって、自己主張もすれば議論にも積極的に参加する。夫たちも妻のことを、決して自分の従属物のようには扱わない。そういうところはたいへん好ましいと感じる。


女性が働くうえでの諸問題( Youth ki Awaaz, 17th Jul, 2019 )

インドの職場におけるバイアス( The Economic Times, 12th Apr, 2018 )

女性の結婚年齢に関する議論( The Wire, 13th Sep, 2020 )

ダリット・インドの不可触民 : 日本語記事( BBC, 14th May, 2018

( Photos : In Delhi, 2020 )


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