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インドのひとたちとわたくし。(158)ーインド、英国、ひとびとの生活

 なんと、知り合いの書いた本がベースとなってロンドンでお芝居が上演されることになった。

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 知り合いとは、タリーニのいとこで、ロンドンでジャーナリストをしているカヴィータ・プーリだ。BBC ラジオのドキュメンタリ番組を制作している彼女は、自身の高齢の父親(故人)をはじめとする1947年「印パ分離」を経験したインド人と英国人に丁寧にインタビューした本を上梓した。

 インドにとっても最大の悲劇と言われる激動と混乱の時代を、大局など知る由もない市井のひとびとがどのようにして乗り切ったのか、何を覚えているかを、率直に語ってもらったエピソードが詰まっている。彼女の父のように文字通り命からがら英国へ必死で渡ってきたインド人もいれば、植民地での幸福な子ども時代として当時を懐かしむ英国人女性もいる。ウクライナからのニュースを見ていても感じるが、歴史家が紡ぐような壮大なストーリーとは異なる、ひとりひとりの、愛おしいまでの日常生活がそこにはあったのだ。戦争、戦乱はそういうものを根こそぎにしてしまう。みな高齢で、当時のことを言葉にできるひとが減ってきているだけに、とても貴重な記録だと思った。

 カヴィータが、出版記念と取材を兼ねて2019年初頭にデリーにやってきたところを、タリーニが紹介してくれるというので、サイン会の行われたカーン・マーケットの書店に出向いたのだった。パンデミック前だったので、外出に制限はなく、純粋に本を楽しみに気楽に出かけ、どこか懐かしい紙の匂いに包まれた、小さいけれど居心地のよい書店で、彼女と少し話をした。本にサインもしてもらった。

 その本『Partition Voices』が、『Silence』という演劇となって、ロンドンのドンマー・ウエアハウスで9月に上演されるということを劇場の情報で知った。カヴィータの名前もちゃんと出ている。すごいなあ。
 ロンドン通でも演劇通でもないのだけれど、いっとき英国の俳優に夢中になり、その彼の芝居を見るために家人を説き伏せて一週間、ロンドンに滞在したことがある。ウエスト・エンド近くにキッチン付きの宿をとり、目当ての演目はさすがに日本でチケットを確保してから行ったが、それ以外には当日券のとれる劇場で行き当たりばったりにミュージカルや芝居を堪能し、昼間はレンタサイクルで美術館やギャラリーを巡るという何とも贅沢な旅だった。ドンマー・ウエアハウスはそのときには訪れる機会がなかったが、倉庫を改装した300席にも満たない劇場で、新旧さまざまに実験的な作品を取り上げているということを知ったのだ。ロンドンを離れた直後に、トム・ヒドルストンの舞台『コリオレイナス』がドンマーで上演されると知って悔しがったことを覚えている。
 そのドンマーで自分の書いたものを元にしたお芝居が上演されるなんて、いったいどういう気分だろう。

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 タリーニも我がことのように喜んでいたが、にわかファンの私みたいなはしゃぎようではなくて、純粋に親戚として誇らしいという感じだった。そういうものなのか、としばし我に返る私。
 パンデミックが収束して、時間に余裕ができたら、9月はまたお芝居を観にロンドンに行けたらと思う。

‐ "Partition Voices : Untold British Stories" Kavita Puri

- Donmar Warehouse

( Photo : In Delhi, 2022 )

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