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データはあくまでも足跡

前回、前々回と「データ分析」という行為について考えてきた。昨今のデータ信奉の社会は、ビジネスから人間を追い出し、ビジネスを無機質なものにしてしまっているのでは?データを用いた予測には原理的な限界があり、そのことの認識を、データ分析を始める出発点とすべきでは?そう述べてきた。

我々が手に入れられるデータには、原理的に限界がある。具体的には、何を知りえないのか、これを考えてみたい。そしてその不可能性を人間という存在をビジネスに取り戻す反転攻勢の着手点としたい


相関関係

統計学に、相関関係という用語がある。大雑把に言えば、相関関係とは、ある事象Aが起こった時に別の事象Bがどれだけ現れやすいかの指標と言える。

例えば、アイスクリームの売上と水難事故の間には相関関係が見られるが、これは、文字通りこの2つの事象の間に関係性があるとは考えられない。実は、アイスクリームの売上と水難事故は、ともに夏特有の事象であることが関係しており、この夏特有の事象(気温の上昇という事象)を交絡因子という。

つまり、夏の気温上昇という事象が、アイスクリームの売上と水難事故の発生という両方の事象との関係性があり、その結果アイスクリームの売上と水難事故の発生との間にも相関関係があるように見える(疑似相関)。

ビジネスでのよくある施策

以上の相関関係と交絡因子を念頭に置きながら考えてみたい。例えば、とあるスーパーの顧客を3セグメントにグループ化して、グループ①の顧客が前年度比で年間購入金額が大幅に増加した顧客だとする。

その顧客群を調べると、どうも昨年度他のグループと比べて、冷凍食品の購入金額が多いという、事実が分かった。つまり、グループ①の顧客と冷凍食品の購入額増加との間に正の相関関係が見られる。

ここでよく起こりうるのは、「じゃ、冷凍食品の販促をしましょうよ!」である。冷凍食品の購入と年間購入額との間に正の相関関係が見られるということは、冷凍食品の購入が原因で、年間購入額が増加したことを意味しない。

交絡因子を推論する

ここからが、データを用いた分析の重要な点だと思う。

なんで、冷凍食品の購入と年間購入額との間に相関関係が見られるのか、それを考える。これは、つまりどういう交絡因子の可能性があるのか、"ビジネスの施策に落とせる形"で考えることを意味する。そして、この交絡因子こそ、ビジネスに人間を取り戻す重要なポイントだと考える。

無限にある因果の中から、何を選び取るかは、実はかなりの程度を推論と施策に落とせるかどうかに左右される

推論の中に人間を取り戻す

前々回にこう私は述べた。

昨今のデータサイエンスを用いたビジネスは、顧客を自社製品を購入させるための手段としてしか用いていないのではないか?その顧客"が"自社製品を使うことでどういう便益を得られて、顧客"にとって"どのような価値があるのかが忘れ去られてはいないだろうか?

そう、ここでようやく、昨今のデータ分析という、人間不在の行為に、「人間」を取り戻すことができる

なんで、冷凍食品の購入が年間購入額の増加に繋がるのだろうか?それは、顧客のライフスタイルを与えられたデータを用いて推論することと同義である。顧客の目線から冷凍食品を購入する理由を想像(推論)するのだ。

若くして結婚したから、まだ十分なお金がなく、以前は昼食は外食中心だったものの、節約のため弁当を作るようになったのでは?と推論する。

中学生になった我が子のために土日も弁当を作るようになったのでは?と推論する。

それならば、そういう人は何に困っていそうかをさらに推論する。

お金が貯まらなくて困っているのであれば、PB(プライベートブランド)の訴求を考えてみる(これはちゃんとビジネスの施策にも落ちる)。

我が子の食べる量の増加に困っているのであれば、徳用商品の訴求を考えてみる(これもちゃんとビジネスの施策に落ちる)。

データと人間の奪還は両立できる

以上のような推論は、あくまで論理的な繋がりを主観的にこうだろうと考えているものなので、因果があるかどうかは正直不明だ。ただ何も考えず得られた相関関係を鵜吞みにして施策を打つよりは、効果が表れる可能性が高いのではと思う。

ビジネスでは、実験室のように、事象A以外のすべての事象が固定されて特定の事象Aのみを動かして結果が変わるかどうか調べるという方法は難しい。

であれば、ビジネスでは、論理的に妥当なストーリーを立てて説明を付けることは可能でも、本当の因果関係を知ることは不可能だと認識するしかない

ただ、ストーリーを頭でっかちに考えるよりも、データを用いることで、地に足付いたストーリーを構築できるのではと思う。

データはあくまでも結果に過ぎない。でもその結果を知っているか知っていないかは大きな違いだ。結果を知っていれば、その結果から遡って、顧客の思考回路、困りごとはどこにあるかを推論しやすくなる

安易に相関関係に飛びつくのではなく、顧客の困りごとを推論する方がよっぽど、血の通った商売ができるのではないかと思う。

儲けはあくまで、顧客からの感謝の結果であって、儲けることは目的ではない。儲けることしか頭になくなった瞬間、ビジネスはその世界から人間を放逐する。このことだけは、データを扱う人間として肝に銘じておきたい。


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