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「全く知らないことが、私の前に開けていた」





開始直前、40代ぐらいの女性が二人入って来た。続いて、ドミニクの夫ジャックの顔が見えた。彼は、私ににっこりとうなづいたが、「知った顔だけど誰だったかな」という様子だ。

二人の女性は、マットを敷きながら、アラブ料理レストランの話をしていた。行ったことないな、と思いながら、私は、腕を足の方に伸ばしてみたりする。

最後にもう一人若い女性が入って来て、フランス語でジャックと話し始めた。

私は、ストレッチをはげむ「ふり」をするのに、忙しかった。

言われるままに手足を動かして、その日のレッスンは終わった。水筒を傾けて水を飲む私に、「楽しかった?」と、ドミニクがきく。

Did you enjoy the lesson? 

エンジョーイという言葉と、なんだか分からずに体を動かした時間とが結びつかず、えええ、と口ごもりながら、「エンジョイと言えるかどうか分からない」小さな声で言った。

「楽しかった」というのとは違う気がする。エンジョイしたと言えればよかったけれど。いやだったわけではないけど。

ドミニクを見る。自分の答えがそっけなさすぎると気づき、慌てて「でも、それは私がヨガ初めてだからだと思うわ」と付け足した。

私は、マットを丸める手を止めた。

何かが変だ。

楽しいとは、なんだろうか。おしゃべりしながら笑ってご飯食べるようなことか。テレビを見るようなことか。その感情を「知ってる」から楽しいと言えるのではないか。

ヨガの感じは、初めてだった。だから、楽しいに入れるのか、そうでないに入れるのか、分からない。

あ、そうか。

知らないものだった。


私は、ああ、と思った。

私は、知らないものに、出会ったのか。

ドミニクは、困惑した様子で私を見つめていた。

「私、続けるわ。次のレッスンも来る」私は言った。マットに、ストラップを止める。

ドミニクは、安心したように微笑んだ。

「そうね、来週ね」


「続けるわ」が、これ以降、ずっと続くとは思ってなかった。

この日から3年後、私は、ティーチャートレーニングに申し込んだのだ。


知らないものに出会った日のことだ。分からないから、だから、続けようと思った時のこと。

運転しながらの帰り道、私は、興奮とともにいたのを覚えている。全く知らないことが、私の前に開けていた。


知らないこと。

知らないもの。


後部座席のヨガマットは、まだピカピカだった。

私は、この時、一歩を踏み出していたのだろう。


知らないって、簡単に捨てないで、よかった。


声で聴く「クンダリーニヨガティーチャーになるまでの話 4話」


<続く>

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