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立体音響トイレ

2024.05.23
ぺぎんの日記#53
「立体音響トイレ」


今日は学校帰り、少し用事があったので、母の車に乗って都会までお出かけした。
まあただ、都会とは言っても北海道の都会なので、本州の都会とは比べ物にならないことはご承知おきを。

メインの用事を済ませ、大きなスーパーで買物をしてから帰ることにした。

買い物中、お手洗いに行きたくなったので、母にかごを託してお手洗いに向かう。

時間が20:00くらいだったので、トイレには私以外誰もいなかった。

入ってすぐ、「あー都会のトイレやー」と思った。

都会のスーパーのトイレだなぁと思うポイントがあって、それが「木製の壁」。壁紙とかじゃなくて、まじで木材が壁に使われている。
お金がある公共施設では、金属じゃなくて木材の壁が採用されていることが多い気がする。
木製の壁だと、トイレが心なし暖かく、心の平安が感じられる。

そんなトイレで用を済ませ、(これがホントの)手洗いのところで手を洗う。
温水で手を洗いながら、これまたリッチなトイレだなぁと思っていると、不意にトイレが震えだした。

「Na-na, na-na-na Ready for my show」

店内BGMとして突如流れ出したAdoの「唱」
トイレの天井につけられたスピーカーから流れる音楽が、トイレ全体を揺らす。

「Okey たちまち独壇場 listen,listen」

木の壁が、心地よく音を反響する。
カラオケや映画館などの響き方とはまた違う。程よくボワボワと音の余韻を残しながら、それでいてはっきりと音を跳ね返す。屋内プールでの音の響き方と似ている、と表現すると分かりやすいかも知れない。

「Na-na, na-na-na Ready for my show 傾け!」

私一人のトイレの中、その豊かな響きに身を浸す。

「振り切ろう」
「ヤーヤーヤーヤーヤー唱タイム」

不思議な感覚だった。一日の疲労と、そこがスーパーだったという事実も含め、すごく落ち着いた、それでいて胸が高鳴る感覚。

「天辺の御成りほらおいで」

ドラムスが入り、壁がかすかにドンドンと揺れる。

BGMの音量でかすぎだろと思ったけど、「唱」にはこれくらいがピッタリだったみたい。

夜8時。人の少なくなったスーパーの、私しかいないトイレで、Adoの「唱」が響く。
木の壁が音に呼応し、私の感情もその音に呼応する。

聞こえてる?
うん、聞こえてる。
すごいでしょ。
うん、すっごくいい感じ。
もっと流してあげようか。
でも私、そろそろ戻らないと。
そっか。またおいでよ。
うん、また来る。
またね。
ありがとう。またね。

名残惜しさを残して、私はトイレを出る。
私はまた、スーパーの匂いとトイレとは違った、ある意味静けさにも似た何かに包まれる。本当はトイレの外にだって音はあるし、人もまだ沢山いるのだけれど。

どこか寂しく、体がしぼんでしまいそうな感覚に、心が支配さそうになる。

まずいと思って、大きく息を吸って、大股で歩き出す。大きなラックの隙間を歩きながら、徐々に寂しさが薄れていくのを感じる。

でも、
母と合流して買い物を済ませたあとも、心のどこかにポッカリと小さな空洞ができてしまったような感じは消えなかった。何かが足りていない。この隙間を満たせない。

私は今日、トイレで生まれたあの感情を、そっくりあのトイレに置いてきてしまったのかもしれない。

また今度、取りに行かないとね。





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