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「つくね小隊、応答せよ、」(31)

津田の四天王、川島の九右衛門。

そして小松島方、田浦の太左衛門。


お互いに刀を仕舞い、目をつむったまま、微動だにしません。

二匹の周りでは、小松島、津田のたぬきたちが、怒号や歓声や、雄叫びや悲鳴をあげながら刀を交え、血を流しています。中には、変化が解け、ただのたぬき同士で喧嘩をしているものたちもいます。

獣と血と、吐息と抜けた毛と、叫び声と鳴き声と、土煙の立ち上る中、九右衛門と太左衛門は、目をつむって対峙しております。

どうやら、お互いの気をぶつけ合い、お互いの脳内で戦っているようです。




お互いの脳内は、ほかのたぬきたちはおらず、静かな真っ暗闇。

刀を抜かず、お互いが胸ぐらを掴めるぐらいの間合いにゆっくりと近づきます。

睨み合い、ゆっくりと刀に手をかけようとするその時、太左衛門が仕掛けました。

太左衛門、自分の刀ではなく、九右衛門の刀に右手を掛け、抜きながら相手の顎に向けて切り上げます。

すると九右衛門体を後ろに逸らしながら、右足の親指と中指で刀の柄尻をがしりと掴み、切り上げてくる刀を避けながら宙返りして、右足で抜いた刀を、同じように太左衛門の顎に向けて切り上げました。足で掴んだ刀の切っ先が、太左衛門の頬の髭を斬ります。

太左衛門、上体を右に逸らしながら右上に切り上げた刀を両手で持ち、右上から袈裟斬りに左下に斬りおろしました。両手を後ろについて、後転している九右衛門。片手で腰に着いた鞘をずらし、鞘の先端で太左衛門の刀を弾きます。


ぶばちぃんっ!


弾かれた刀の勢いを利用し、反対方向へ回転した太左衛門、素早く一周して、遠心力で横薙ぎに九右衛門の胴を斬ろうとします。


九右衛門、両手の力で跳ね上がり、足先の刀を両手で握ります。宙で背を下に向け、丸まっているような体勢です。するとその九右衛門の背中ぎりぎりのところを、太左衛門の横薙ぎの刀が、毛をずざさささと刈ってゆきました。


太左衛門のその横薙ぎの刀が、九右衛門の体を通り過ぎる瞬間、九右衛門、刀を地面に垂直に向けました。すると太左衛門の横薙ぎをその刀が受け、九右衛門、ぎゅるるると回転いたしまします。回転したままの九右衛門、刀を太左衛門に向けながら、突きを放ちました。

回転しながらの刃先が、太左衛門の顔にめがけてやってきます。太左衛門の刀は横薙ぎの途中。防御は間に合いません。太左衛門の鼻先に、ちちんっと刃先が触れ、ほんの少し血がほとばしりました。


すると太左衛門、すっ と膝の力をぬき、地面に吸い寄せられるように伏せるのでした。太左衛門の額の毛をいくらか刈って、九右衛門の突きが びゅるるるるるっ! と頭上の空気を切り裂くと、太左衛門、横薙ぎで右に振り切った刀を自分の肩に担ぐようにして、伏せたまま前方に素早く飛びました。


回転しながら突きを放ち前進する九右衛門の体の下を、つばめのように太左衛門の刀がすうーーーーーと通ってゆきます。


回転しているので、九右衛門の体に螺旋状に刃先が入ってゆきます。すると、まるで豆腐を切るように、すうううっと、九右衛門の手足は、ばらばらになりました。そして、着地することすらできず、九右衛門は、どしゃりと地面に落ちたのです。




太左衛門、九右衛門、目を開けます。

戦の喧騒に戻ってきました。


「九右衛門とやら。お主もなかなかのようだな」


太左衛門感心したように言いました。余裕があるようです。


九右衛門は、なにも言わず、悔しそうな顔をしております。刀を抜こうと少し動きます。

すると太左衛門は、九右衛門が斬ろうとする角度に合わせて自分の鞘を微妙にずらすのです。それは数ミリの微妙な動きでしたが、

すべて読まれてしまっている…。

九右衛門はそう思いました。



ぴいいいいいいいしゅるしゅるしゅるるるる!



太左衛門めがけて、どこからか水瓶が飛んで来ます。太左衛門、難なくそれを真っ二つに斬りますが、

どむごぷんぅ!

中から油が出てきて、太左衛門はその油をしたたか浴びました。


ぴしゅううううううう!

そしたら次はどこからか火矢が放たれ、太左衛門の方へ飛んできます。いくらなんでも、火や油を切ることは出来ません。太左衛門、急いでその場を離れ、勝浦川の中に飛び込みました。


ふと気づくと、九右衛門の傍に六右衛門が立っています。


「おい、なに剣客ごときに手こずってんだよ。人間の真似事なんかせず、たぬきらしく戦え」

九右衛門、助けられた恥ずかしさと、力が及ばなかった悔しさで、返す言葉がありません。

「その程度の力なら、おまえは四天王じゃねえ。この戦いが終われば、四天王は解任だ。四天王だということをこの戦で証明してみせろ、いいな」


六右衛門はそう言い残し、すっと消えると、九右衛門、悔しそうに拳を握り、地面を踏み鳴らしました。







津田四天王、槍を構えた八島の八兵衛。

薙刀を肩に担ぐ、小松島、臨江寺のお松。


「互いの藪たぬきたちも、かなり疲れてきておる。どうやらまもなく戦いを決するときが来ているようだ。我らもそろそろ、遊びではなく本気で戦わねばならぬと思うのだが?」

八兵衛、まっすぐにお松を見据えて言います。

「あら、あたいはちっとも遊びじゃなかったんだけど、そりゃ思い違いをしていたねぇ。あたいはてっきり、お遊びの前の準備運動をしていただけだと思ってたんだけどねぇ」

「まあ、どちらでもよい。屋島の八兵衛、参るっ」

そう言って八兵衛高く飛び上がると、槍の切っ先から地面に着地し、ぎゅるぎゅると土の中へ潜ってしまいました。

「あら、もぐら叩きならぬ、たぬき叩きかい?土からの攻撃なら、どうせ真下から突き上げて来るのは赤子でも解ることだよっ、なんでもかんでも突けばいいなんて思ってんのは、殿方だけだよっ、ったくっ!」

お松、振り上げた薙刀を、足元に向けて振り下ろしました。

地面が大きくひび割れ、あたりの藪たぬきたちが衝撃で数十センチ飛び上がりました。この衝撃では、地中にいる八兵衛も無傷ではないでしょう。

しかし、お松は首をかしげて怪訝な顔をしています。

「…ん…おかしいねぇ…」

すると頭上から空気を切り裂く鋭い音。

しゅざっっく!

その音はお松の左肩のあたりで止まりました。

お松の左肩にするどい衝撃と痛みが走ります。

お松、片膝をつき、左肩を見るとそこには槍が斜め上から突き刺さっていました。

「くっ…な、なんでっ…!」

お松、薙刀を離し、右手で槍を引き抜こうとしましたが、槍はしゅるりと土色に変わり、形を変え、肩からぴょこむと外れて地面に着地しました。

槍は、八兵衛に変わりました。

「な…どういう…こと…だい?」

お松、痛みに顔をゆがめ、汗を垂らし、動揺を隠せません。八兵衛、地面に手をかざすと、地面の中から槍がにょきにょきと生えるように出てきました。

「空中に飛び、わたしは黒く変化し、槍を、“わたしと槍”に化けさせた。化けた槍は地中に潜り、その後わたしは槍に化け、お主の肩を貫いた。もうお主の左手は使えぬ。勝負はついた。お松とやら、お主は小松島へ帰れ」

八兵衛が立ち去ろうとすると、お松、薙刀を片手で構えます。

「おい、本番の最中にその場を立ち去るなんて、男だろうが女だろうが無粋なことだよ…お互いが果てるまでやるのが本番じゃあねえのかい?えぇ?屋島の八兵衛さんよ…」

片手で持つのがやっとの大きな薙刀です。ちからなく垂れた左腕から、お松の血がぽたぽたと滴り落ちています。

「…お主が死に場所として、この勝浦川を選ぶのであれば仕方ない」

八兵衛がそう言うとお松が薙刀を構えたまま、額の汗を右肘で拭い、言いました。

「死に場所ぐらい自分で決めるよ。それを決めるのはあんたじゃない」

「そうか。じゃあわたしが言うことはひとつだ。…心置きなく、ここで成仏せよっ」

八兵衛、さきほどと同じように飛び上がり、同じように槍から地中に潜りました。

お松、呼吸を整え、目を閉じます。

左手に握った薙刀。

右手はだらりと下がっています。



しゅざん

空から槍が斜めにお松の胸を貫き、

ずんじゃくっ

土の中から槍が斜めにお松の腹を貫きました。

ぐしゃくっ

お松、血をしたたか吐き、その血が二本の槍にかかりました。地中から飛び出た槍が八兵衛に変わり、空から落ちてきた槍を握ります。

「女が、屋島の八兵衛と互角にやりあうとは、かなりの手練れであった。しかし、わたしの方が一枚上手だったのだ。未練なく、成仏せよ」

お松、血をぶわはあっと吐き、八兵衛の着物の襟を震えながら、掴みます。なにかをしゃべろうとしますが、声がでないようです。薙刀を杖にして、八兵衛の耳元でなにかを小声でつぶやきます。足が震え、立っているのもやっとです。

お松、震え、八兵衛に抱きつき、必死に立とうとしながら精一杯の声を絞りだしました。


「つだのし…のう…うち…」

「聞こえぬ、しっかりと申せ」

「……あらあら、聞こえないかい?こう言ったんだよ…津田の四天王討ち取ったり、ってね…」


はっきりと、八兵衛の背後から声が聞こえました。振りかえると、背後にお松が立っています。八兵衛、自分に抱きついていたお松を見ると、

しゅるるるるるるんっ!

と血だらけのお松は、薙刀に変わりました。

お松、八兵衛の背後から、八兵衛に倒れかかっているその薙刀を握り、八兵衛の首筋から腹にかけて切り下ろしました。八兵衛、両ひざをつき、血を吹き出し、天を仰いでいます。


「ど、どうやった…んだ…?」


お松、息を切らしていいました。

「自分を薙刀に化けさせ、薙刀を自分に化けさせたのさ…あんたの戦い方を真似させてもらったよ…
それより……あんた…いままでで一番強かった…もし味方だったら、あんたとは…いい酒が飲めただろうに…大鷹みたいにね…」

八兵衛、幸せそうに笑いました。

「…わたしも、…そう…思う…世が世なら、な……臨江寺のお松、お主の方が、うわ手であったな…」

膝をついたまま、八兵衛頭をたれて、動かなくなりました。

お松、仰向けにばさりと倒れ、まだ残る夜明け前の星を見上げました。

叫び声、肉を斬る音、肉を刺す音、血がほとばしる音、駆ける音、たぬきが倒れる音、刀がぶつかりあう音、斬るほう斬られる方の叫び声が聞こえる中、明け方の星が輝いています。

お松の瞳から、涙がひとつ、流れ星のようにこぼれました。

肩の痛みなのか、勝てた喜びなのか、目にごみが入っていたのか、涙の理由はわかりません。

お松、空を見上げたまま叫びました。

「臨江寺のお松!!!!!四天王屋島の八兵衛を討ち取ったり!!!!!」

津田のたぬきたちに動揺のどよめきが起こり、小松島のたぬきたちはどっと沸き上がりました。

「さて!お松がおたくの八兵衛さんを討ち取ったらしいぜ!さ!俺たちももっと楽しもう!」

槍の庚申新八、四天王の多度津の役右衛門に言いました。

「ああ、そうだなぁ。あ、どうだい?次の一撃でお互いに決めるってのは?」

役右衛門、手裏剣を手の上でもてあそびながら言います。

「お!!いいねぇ!!じゃんけんみたいで潔い!役右衛門!俺はお前が気に入った!」

「ああ!庚申新八!俺もお前が気に入った!それじゃあ、始めるぜ!」

役右衛門、手裏剣を横一列に数十枚束ねて両手に持ち、左右から新八に向けて投げました。手裏剣は固まりのまま新八めがけ、まるで掘削の機械のように音をたてて空気を刻みながら飛んでゆきます。

新八、さらりとその二つの塊を避け、役右衛門に飛びかかります。槍の切っ先が役右衛門めがけ、光のように進んでゆきます。が、新八のその背中を、避けたはずの手裏剣がじゃりぞりと削りました。

新八、槍をひっこめ、横に飛び、着地しましたが、足元がよろけて倒れ、そこにまたもうひとつの塊が上から落ちてきます。

新八、ごろりと横に転げると、手裏剣はどすりと落ちて土をまきあげて地を削り、勢いを落とすことなく、そしてまた飛び上がりました。

「手裏剣は致命傷にはならねえが、その塊は違う。肉を削り、えぐり、骨を砕いて突き抜けるまで止まらねぇ!」

役右衛門、両手をひらひらと動かしながらしゃべります。どうやら、手裏剣を操作しているようです。

新八立ち上がって、槍を振り回し、手裏剣の塊を弾き返しておりますが、赤い火花が飛び散るばかりで、弾けども弾けども、また次の攻撃がやって来ます。

「俺の思ってた“一撃”とはちったぁ違うが、まあ…面白いじゃねえかっ!」

手裏剣をよけ、弾きながら新八が叫ぶと、役右衛門は笑って、

「新八!お前の一撃はまだもらってねぇぞ!」

そう言ってから両手でなにやら印を結び、両手のひらを新八に向けました。

するとふたつの塊は新八に同時に左右から襲いかかります。新八、槍を地面に突き立てて槍の上に飛び乗りました。ふたつの塊は槍にぶつかり、赤い火花をあげながら槍を削り、槍にくっついたままでう。

「その槍が削れるまでそいつらは動きを止めねぇ。新八、お前がすばしっこいから、まずは槍からって寸法だよ!」

新八は槍を振り回しますが、槍に手裏剣の塊が食らいついたまま回転し、徐々に槍を削ってゆきます。地面に叩きつけ、木に叩きつけますが、手裏剣の塊は離れません。

新八、諦めたように空高く槍を放り投げ、懐から小刀を取り出して役右衛門へ駆け出しました。

「槍の庚申新八が槍を投げ出して小刀で俺に勝てるのかよ?おい、舐めてもらっちゃ、困るぜ!」

役右衛門、苦無をふたつ、新八に投げつけると、新八は小刀でそれを弾き、大きく振りかぶって小刀を役右衛門に投げつけました。

新八がいかに手練れと言えど、ものを投げることにかけては役右衛門のほうが何枚もうわ手。指先で新八の小刀を弾き、次の苦無を新八に向けて投げます。が、目の前に新八はいません。

山の端の雲が金色に輝き始めました。まもなく日が昇ります。

「こっちだぜっ!役右衛門っ!」

声のした方を見ると、金色の雲を背に、新八が宙返りをしながらこちらに飛んできます。役右衛門、次の苦無を新八に向けてまたふたつ投げました。

「新八!お前の一撃がさっきの小刀とは笑わせるぜ!」

新八、くるくると回りながら、にやりと笑い、足を伸ばしました。

伸ばした足の先には、先程新八が投げた槍。

その槍の柄尻を、伸ばした踵で蹴り下ろすと、槍は一直線に役右衛門に向かってゆきました。

役右衛門が投げた苦無は槍に食らいついたままの手裏剣に当たって弾け、そのまま槍は役右衛門の胸へと一直線に進み、その胸を貫きました。

がむごふぅぅ

役右衛門、血を吐きます。

「何事も、なにか大事なもんを賭けるからこそ、たのしいよな。でも、博打ならまだしも、たった一個しかねぇもんを賭けるしか、生き方を知らねぇ俺たちは、どっちにせよ地獄行きさ。おい、役右衛門、また地獄で続きをやろうや…なっ?」

新八は、落ちている小刀で役右衛門の喉を裂き、楽にしてやりました。役右衛門に突き刺さった槍を抜き、大きく息を吸い、叫びます。

「多度津の役右衛門は、庚申新八が討ち取ったぞっ!!!!」

まわりにいた津田のたぬきたちが逃げ出し始め、小松島のたぬきたちが飛び上がって喜んでいます。



屋島の八兵衛、多度津の役右衛門の二匹を欠き、残る四天王は川島の九右衛門と作右衛門の2匹のみ。


六右衛門の息子の千住太郎が、小松島方の衛門三郎と向かい合っています。千住太郎には護衛のたぬきが数匹脇に控えております。

「のう、お若いの。四天王は残り2匹。津田のたぬきたちもこの混乱で

かなり逃げ出しておる。ここらで講和にしちゃあ、いかんかのう?」

衛門三郎、髭をさわりながら、千住太郎に言います。若い千住太郎、イライラしながら唾を吐きました。

「けっ、父ちゃんにへこへこするだけで、いざとなると逃げ出すカスたぬきたちなんか最初っからあてにしてねえんだよ、じじい。

それよりお前、おれが六右衛門の息子だから、正直びびってんじゃねえのか?あ?

衣紋掛けだか衛門三郎だか知らねぇけど、家で火鉢にでもあたってろよ、年寄りが来るとこじゃねえ!」

「ほぉ!お主は礼も仁も信という言葉も知らぬか。これなら、六右衛門が息子のお主でなく、金長を跡継ぎにしたいという気持ちもわかるわい。ふぉふわははははははっ」

「くそっ 黙れ、この、死に損ないがっ!」

背中から火縄銃を取りだし、衛門三郎に向けた千住太郎。

衛門三郎は、食器の縁についた蝿を見るように千住太郎を見つめています。

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