「つくね小隊、応答せよ、」(36)

「はっけよぉい!のこったぁあああ!!」





六右衛門と金長のからだが衝突し、轟音と地響きと地震が同時に起きて、その衝撃でたぬきたちは全員浮き上がりました。金長と六右衛門の筋肉のなかの数多の毛細血管がぶちぶちと弾ける音が、二匹の全身から聞こえて来ます。

鼻息荒く、互いのまわしを握りしめ、ちぎれんばかりに引っ張り、腕も両足も縄文杉のようにうねりたぎって、お互いの血走った眼力をぶつけ合い、二匹は同時に獣の咆哮を響かせました。

互いに投げ飛ばそうと力を込めますが、どちらも大岩のように少しも動きません。二匹の踏みしめる勝浦川の川原がみちみじみちじみじと音をたててひび割れて、ぎびぎびと窪んでゆきます。

すると、六右衛門、右手で握りしめていたまわしを突然離し、金長の顎を右腕で押し上げ、左手で金長の右手を後ろへ引きました。金長がバランスを崩したところで六右衛門一歩踏み込み足を掛けると金長の体がふわりと宙に浮きます。そのまま一気に金長の後頭部を地面に叩きつけました。どがぐわごわあああああああん!大きな土煙が吹き上がり、周囲の岩や石ががらごろると震えて音をたてました。

津田のたぬきたちが喜びの声をあげます。

しかし、牙を生やした六右衛門は、目を細めます。
叩きつけたはずの右手に、金長の感触はないのです。
土煙が徐々に消えたかと思うと、六右衛門の右手にぞわぞわとした感触が走りました。


土煙の中から何万という数のネズミたちが、六右衛門の腕をちうちうちうちう鳴きながら駆け上って来たのです。
ネズミたちは肘から肩に駆け上り、六右衛門の目や鼻や耳に向かって襲いかかりました。六右衛門はうめき声をあげながら自らの顔を叩きネズミを払おうとしますが、数とその小ささから、歯がたちません。

金長、岩影で座禅を組み、両手で印を結んでネズミたちを操っております。ネズミたち一匹一匹が金長の体毛です。

六右衛門の目や耳や鼻や口にネズミたちが襲いかかり、体内に入ろうとしています。体内から六右衛門を食い破ろうという作戦です。
払っても払っても次から次にネズミが登ってきます。六右衛門は、ネズミを払うことを止め、印を組みました。
すると六右衛門の体毛の一部が何万という数の猫に变化し、六右衛門の体中を駆け回り、ネズミを退治してゆきました。

ぎゃおんちゅうちううんぎゃうちゅうにゃあううがうううちうちうがうっがりぼりにゃおおおおん!!!

力士姿の六右衛門のおおきな体のあらゆるところから猫とネズミの戦の声が響いてきました。そうしてネズミの数が徐々に減って行きますが、その時突然、猫たちの悲鳴の方が大きくなりました。猫たちがネズミたちの息の根を止めようと、かぶりつくと、ネズミたちがイガ栗に变化するのです。猫たちは口に刺さったイガ栗を外そうと、暴れまわりました。

うおおおおんぎゃああああんわうううぎゃんうううわあああにゃむにゃむぎゃあああ!!!!

猫とネズミの戦いが両者大敗で引き分けになろうというその時、金長、大船を支える大縄のような蛇に化け力士姿の六右衛門に喰らいつこうとしますがその瞬間に六右衛門大熊に化けその厚い毛皮を前に大蛇の牙は通らず大熊はするどい爪を振り上げ大蛇に振り下ろし大蛇は爪が当たるその寸前に桜の花びらのようにあたり地面に散り広がりそうして花びらはオオスズメバチに变化し大熊に襲いかかり大熊は真っ赤な龍に变化して炎をそこら中に撒き散らしオオスズメバチを焼き払いその焼き払われた灰がすべて水に変わり津波のように龍に襲いかかり渦潮に龍を絡め取り溺れさせようとしますが龍はすぐに巨大な大鯨となり鎌のような尻尾でその渦潮を一刀両断し裂かれた渦潮は高きしぶきとなりそのしぶきの頂点が剣をもったスサノヲに化け大声を発しながら大鯨の額にその白く光る剣を突き刺そうとしてそこで大鯨は8つの頭をもつ大蛇ヤマタノオロチに变化致しましてスサノヲはそのままヤマタノオロチの首を飛び降りざまにひとつ切り落としあたり一面に血の雨が降り注ぎました。


「金長、やりおったなあ。見事じゃ」

衛門三郎がヒゲを触りながら、信じられないといった顔をしています。

「衛門三郎さん、なんだい、やりおった、って言うのはさ」

肩を負傷した臨江寺のお松が、疲れた顔で質問します。

「互いが繰り出す变化に勝てるように、さらに变化を重ねるのが、古来からのたぬき同士の戦いなんじゃ。水なら火。土なら木というようにな。やつらがやっておるのは、すべてその応用じゃよ。
そして今、金長は突然、スサノヲノミコトさまに化けおった。本来なら、六右衛門はスサノオノミコトさまに勝てるようななにかに化けねばならぬ。が、神話の中でスサノヲノミコトさまは、なにかに負けてはおらぬ。
そこで六右衛門はとっさに、スサノヲノミコトさまからヤマタノオロチを連想し、そして化けてしまった。しかし、ヤマタノオロチは、スサノヲノミコトさまに敗れておる。本来であれば勝つものに变化せねばならぬのに、負けるものに“变化させられた”のじゃ。だから、それに気づいた六右衛門は虚を突かれ、首を切り落とされたのだ。いわば、心理戦なのじゃ。こんな戦は見たことないぞ…」


六右衛門、首を落とされたヤマタノオロチから、六右衛門の姿に戻りました。左手の薬指が切り落とされています。
しかし何事もないかのように、六右衛門は刀をぬるりと抜きました。暗闇の中の漆黒の蛇のような、怪しい鈍いひかりを放つ刀です。

金長もスサノヲノミコトから元の姿に戻り、同じように刀を抜きました。

「さて金長、ここらで第二幕だ。おい、お前ら、例のやつを連れて来い」

六右衛門がそう言うと、彼の背後から配下のたぬきたちが数匹現れました。
彼らは誰かを後ろ手に縛り上げ引きずりながら連れています。
金長が目をこらすと、それは幼い熊鷹でした。
ぼろぼろに傷つき、血だらけで、泣き叫んでいます。

「金長さまあ!おらには構わず戦ってください!おらには構わず!」

六右衛門が、顎で手下のたぬきに指示を出します。手下のたぬきは刀を抜き、熊鷹の首筋に当てました。

「さて!金長!どうする?お前の大事な大事な大鷹の、そのまた大事な大事な熊鷹だ」

「熊鷹…小鷹はどうした…お竹は…?」
金長が訊ねると、熊鷹は首を振り泣き叫びます。

「殺されちゃった…おにいも、お竹さんも…殺されちゃった…作右衛門に勝ったあと…津田のたぬきたちにとりかこまれて…ころされ…ちゃった…」

「そうか…」

金長は、うつむきます。
それを見て六右衛門にやりと笑って言いました。

「さ、この坊主を救うか?どうする?助けてほしければ、…そうだな、そこで腹を切れ」

「…いや、断る」

「そうか、薄情なやつだ。じゃあこの場で、熊鷹の首をはねよう。大鷹も喜ぶだろうな」

「いや、六右衛門、その必要はない。わっちがやる」

金長がそう言い放った瞬間、金長は地面を蹴り、一瞬で熊鷹のそばに立っていました。そして刀を小筆のように軽々と扱い、かな文字を記すように、配下のたぬきたちと、熊鷹を斬りました。

すると、熊鷹やその他のたぬきたちは、しゅるると小さくなり、煙を吐き出しながら消えました。地面には、数本の毛がまっぷたつに切れて落ちています。これらすべて、六右衛門の化け術だったのです。

「お竹には、もしものことがあれば、かならず狼煙をあげるように言ってあります。お竹は、わっちと約束したことはひとつも破ったことがないんです。六右衛門、他者を信じられないあんたは、この程度で他者を欺けると思っているんでしょうね」

金長がそう言い放つと、六右衛門が答えました。

「いや、だませるなどとは、思っておらんよ…?」

ざあくりっ

金長の背中に熱い痛みが走ります。
振り返ると、黒い刀が背後に浮かび、回転しながら金長の背中を切りつけていました。
熊鷹で騙すつもりはなくおびき出すのが狙いだったようです。金長、激痛に、膝をつきました。

「金長、きさまには、許せぬであろう?きさまらの絆とやらを踏みにじるような、わしの化け術は」

六右衛門は、浮いた刀を手元に呼び寄せて刀を構え、一瞬で金長のそばに、すんっ、と移動してきました。膝をついた金長めがけて、刀を振り下ろすと、金長はすぐさま、もぐらに化けて地中へ潜りました。

六右衛門、刀を逆手に持ちかえ、刀と両手をいくつも出現させ、まるで阿修羅のような出で立ちになり、そのままいくつもの刀を何度も地面に突き刺しました。石や土が飛び上がり、まるで田を耕すように、あたりの土が抉られてゆきました。金長、土の中を逃げ回っていましたが、そのうち姿が見えなくなりました。

がつぃんっ!

刀の切っ先が、握りこぶしほどの大きさの石に当たり、止まりました。六右衛門は、不思議な顔をして首をかしげたあと、にやりと笑いました。

「金長!わしは騙せんぞ!石に化けておるなぁ?!!!!」

六右衛門すべての刀をその石に向け、

づちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちぃんっ!

と高速で何度も突きました。
石からは黄色の火花がなんども上がり、そしてすこしづつ削れてゆきます。
六右衛門、高笑いしながら、さらに刀を増やし、突きの速度、威力、数を増大させました。するとさらに火花が弾け、石に化けた金長に徐々にヒビが入ってゆきました。

「ふははははふはあ!金長!愉快だ!!そうやって縮こまって、死んでゆけっ!きさまにはそれがふさわしいぞ!」

六右衛門、刀のひとつを大斧に変え思い切り振りかぶり、石に振り落としました。

ごがちんいいいいいいんっ!!!

地も石も割れ、まっぷたつです。
しかし金長が石に化けていたのであれば、石は金長にもどるはずですが、石は石のままです。

「なに?金長ではない??」

ずくちゅっ

六右衛門は自分の腹を見ました。背中と腹に痛みが走ったからです。すると、いつの間にか自分の腹から刀が突き出ていました。

「き、金長、き、き、きさま、謀りおったな…」

六右衛門が背後を見ると、六右衛門の肩から出ているたくさんの腕の刀のうちの一本が、背中から六右衛門を突き刺していました。

「化かすことは騙すことだ、と教えてくださったのはあんたですよ、師匠」

たくさんある六右衛門の腕のうちの一本がそう言って、しゅるりと金長になりました。
六右衛門、悔しそうに大声で吠え、すべての腕をがむしゃらに振り、金長を振り払います。金長は六右衛門に突き刺さった刀を残したまま跳び、川のなかにじゃぶりと着地します。
六右衛門、どむごぷと血を吐き、四つん這いになり、痛みに苦しみながら、自らに突き刺さった刀を抜きました。

「おのれ…金長…おのれ…許さぬ…」

六右衛門、口元の血を拭い、ぼそぼそ呪文を唱えました。すると、勝浦川に立っていた金長が、叫び声をあげて勝浦川の水をかき回し、のたうちまわり始めました。先程斬られた背中の傷が、激しく痛み始めたようです。

「どうだ?金長?苦しいか?くははははは…そうかそうか…」

金長、顔を歪め、荒い息のまま言います。

「なにをした、六右衛門!」

「ふふ…俺のこの刀にはな、複数の溝があってなあ、そこには、俺の毛が埋め込んであるのさ。この刀で斬れば、相手の傷口に、俺の毛を埋め込むことができるわけさ…そして今、その毛を、ウジ虫に変えてやった。気色が悪いだろう?ほれ、何にでも変えられるぞ。何がお好みだ?ムカデか?毒蜘蛛がいいか?ほれ、遠慮するな、なにがいい?」

六右衛門、にたにたと笑いながら舌なめずりをしています。

金長、立ち上がって自分の刀を抜き、口から火を吐き出し、刀を真っ赤に焼き始めました。

鬼の形相になった金長は、真っ赤に焼けた刀を自分の背中の傷に押し当てました。

じゅわああああああああああああああああ

白い煙がたちのぼり、血と肉と毛が焼け焦げる臭いがあたりに漂い始め、
傷口の中で暴れまわっていた六右衛門の毛の虫たちもすべて焼け、ただの毛に戻りました。

「自分の皮膚ごとわしの毛を焼きおったか…まあ、いい判断だ…さすがだな…金長」

そう言って、六右衛門はゆらりとゆらめきました。腹の傷からの出血がひどく、かなり体力を消耗しているようです。

「金長…わしは、おまえを殺せればいいと思っておったが…気が、変わったぞ…わしは、お前に地獄のような苦しみを与えたい…わしが四天王や、鹿の子を失ったような、苦しみだ…」

六右衛門は、川の中に立っていた金長に少しずつ歩み寄り、そして目の前で、にかあ、と笑い、黒い鯉に化けて、勝浦川を下ってゆきました。

その様子を見物していた津田と小松島のたぬきたちからは、ぼろぼろに傷ついた六右衛門が、金長を前に敗走したように見えたので、小松島の藪たぬきたちは飛び上がって喜び、津田のたぬきたちはうなだれて戦意喪失してしまいました。

金長、勝浦川の下流を見つめております。

「わっちの大事なものを奪う…?まさか…」

金長慌ててつばめに化けて、風のように小松島の方角へ飛んで行きました。



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